2020年04月05日

江戸東京野菜の「タケノコ(孟宗竹)」、武蔵村山の竹林で収穫が始まり、ファーマーズセンターみのーれ立川で販売が始まった。


地元のファーマーズセンターみのーれ立川(JA東京みどり)に開店前に並んだ。
家内から折角行くなら、のらぼうなに、ウドもあればと頼まれた。

昭和記念公園北側の砂川口入場門の近くにあるから、ご近所の方以外は車でないと無理だが、自宅からは車で10分ぐらいの距離になる。
10時開店だが、9時半についたので、駐車場の車の中で休んでいたら、行列ができていた。




1-1-1.JPG

上の画像をタップする。
駐車場はもとより、駐輪場もいっぱいになっていた。


今週初めからタケノコが出荷されていると云うので、買いに来た。
JA東京みどりの産地は、武蔵村山地域の丘陵地に孟宗竹の竹林が連なっている。江戸東京野菜コンシェルジュの、森川洋一さんと果菜里屋の高橋さんをご案内したことがあった。

武蔵村山の吉野忠さんの竹林では夜明から7時まで
早朝に収穫し、出荷しているという。






2-1-1.JPG

タケノコ売り場には、山ほどあったようだが、皆さんタケノコを買いに来たようで、タケノココナーについたときには、みんなの手が伸びて、これしか残っていなかった。

上の画像をタップする
それでも、吉野さんのタケノコを買うことができた。






3-1.JPG

他に、江戸東京野菜の ”のらぼう菜”

上の画像をタツプする
“立川うど” と、短い ”立川こまち” が並んでいた。

追録

4-1-1.JPG

同店で、八王子の濱中俊夫さんたち
八王子のパッションフルーツ生産組合
の果汁入り飲料があったので購入した。



posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | タケノコ(孟宗竹)

2020年04月04日

東京23区の「農」の歴史文化を訪ねて、第2弾。


東京9区の「文化財古民家めぐり」が、東京文化財ウィーク参加企画事業で、2019年度事業で実施されたが、古民家に生活していた人々の暮らしに必要な、江戸東京野菜などの情報を加えて、それらの地域を歩いてもらえる、コースづくりの必要性を感じた。




1-1.JPG

都内23区の中で、
古民家はないが農地法上の農地のある区から紹介する。

大田区では
馬込三寸ニンジンと馬込半白キュウリが栽培されてきた。

上の画像をタップする
馬込で伝統の馬込三寸ニンジンを栽培するのは、
波多野惇さん一人になってしまった。

大田区には、区立郷土博物館に、海苔関係の道具が保存されている。






2-1.JPG

葛飾区は
先日、葛飾元気野菜の直売所を紹介したが
葛飾かまくら郷土資料館(旧明石小学校)がある。

民間としては古民家カフェ「庄右エ門」が、
中川と新中川に挟まれた奥戸にある。

葛飾が発祥の江戸東京野菜では、「金町カブ」本田(ほんでん)うり」があるが、本田うりは、足立区興野の内田さんが栽培している。

下千葉コカブと糸ミツバ」キャベツの「中野甘藍」があるが、
まだ復活していない。

千住ネギは、足立区の千住が発祥だが、
平成9年に説明板を設置するときには足立区では、栽培されてなく、
葛飾区で栽培していたことから「千住ネギの産地」として、
説明板は葛西神社に建立している。

葛西神社は、葛飾区、江戸川区、墨田区、江東区、足立区(一部地域)
の総鎮守と云われ東金町にある。

中野区には
歴史民俗資料館

posted by 大竹道茂 at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 農地のある景観と環境

2020年04月03日

東京のセルリー栽培では第一人者 並木猛さんの収穫が始まった。


東京で「セロリ」ではなく「セルリー」の名称で生産・販売をしている、清瀬市の並木猛さんから、今年も電話をいただいた。

先日、セルリーの歴史について書いた
3月29日(日)から収穫がはじまると伺っていて、あいにく都合があって行かれず、31日に伺ったが、ハウスは締まっていた。

ハウスに休みの張り紙があって、地域の人が数人来たが「休みか!」と云って帰っていった。

折角来たので、並木さんに電話をすると、今日は市場が休みなので、休んでますとの返事だったが、すぐ行きますと自転車で来てくれたので話を聞くことができた。





1-1.JPG

今年は、3月に入って、例年にない暖かさが続いたことで、栽培には苦労があったようだ。

上の画像をタップする

このハウスは、4500本ほど栽培しているが、お手伝いの6人により、毎日500本ほど大田市場に出荷している。
特に、平均2Lクラスを70ケース出荷するとか

南側の別のハウスで2000 本、育苗をしてきた自宅のハウスに500本と、
今年も7000本。収穫は14日頃までとか、





2-1-1.JPG

上の画像をタツプする

師匠の伊藤仁太郎さんの娘・富岡直子さんには、30日に大田市場に出荷した後、江戸川まで行って手渡してきたという。律儀な人柄だ。

師匠伊藤仁太郎さんについては、当ブログで紹介している。

新型コロナの感染が広がっているので、富岡さんには、「健康に注意して!、」と云われたとか。

お手伝いをしている皆さんは、収穫作業にも注意していて、マスクやゴム手袋で行っているそうだ。

この時期、並木さんのセルリーを楽しみにしている、ハウス周辺の新住民の皆さんは、買いに来てくれているそうだが、今年は幟を出していないという。

また、並木さんのセルリーを使ってきたレストラン等へは、収穫を始めたという案内はしたが、レストランもお客さんが激減している厳しい状況を知っているだけに、「押し売りにならないよう」と、気遣いをされていた。

追録
江戸東京野菜コンシェルジュ協会の上原恭子理事は
29日に行ったようで、料理した写真を送ってもらった。




a-1 (1).JPG

セルリーの醤油漬け
お料理上手な並木さんのお母さまが作ったのが
美味しかったので味を思い出してマネしてみました。




a-3 (3).JPG

セルリーのそぼろご飯
わが家の定番メニュー、
並木さんのセルリー好きな友人たちにも大好評なメニューです。
中華風に味付けした豚ひき肉のそぼろに、
角切りにしたセルリー・葉っぱ・大葉を混ぜたものをたっぷり、
コチュジャンと炒りゴマを添えていただきます。



a-5).JPG

セルリー葉とちりめんじゃこのかき揚げ
ざく切りにしたセルリー葉っぱとちりめんじゃこをかき揚げ
塩を添えていただきます。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京の農業と農業者達

2020年04月02日

江東3区で江戸東京野菜を栽培、普及してきた葛飾元気野菜販売所


新型コロナの影響は、各地で農家にも影響が及んで、当ブログでも紹介したが、学校給食に供給していた分が、フードロスにならないために応援販売も行われてきた。

江東3区の新鮮野菜販売の拠点として、人気の「葛飾元気野菜直売所」は、相変わらずの地域住民の食を支えているが、葛飾区の学校給食にも貢献している。




1-1.JPG

葛飾元気野菜直売所の藤林智也店長に、お会いした。

江戸東京野菜のポスターが貼ってあったが、葛飾の伝統野菜として
生産者がいないことからまだ、江戸東京野菜になっていない、
下千葉小カブや、キャベツの中野甘藍もあった。


上の画像をタップする
同店は、柴又駅から6分。
10時半開店で、新鮮野菜を求めるお客さんが行列を作っていた。

個人客はもとより、飲食店の多くが直売所を利用していて
同店のホームページでは、利用店を紹介していて、
例えば、中華ファミリーレストランの場合、

焼肉屋の場合、お好み焼き屋の場合。

手作りパン教室などが掲載されて
相乗効果が発揮されている。





2-1.JPG

葉付き玉ねぎ、千住ネギ、分けネギ、ミニトマト、カブ、セリ、
小松菜、菜花、大根、花、などが並んでいた。

上の画像をタップする
お客様は、地元葛飾では、新鮮野菜が栽培され、
安定的に入荷していることを認識していることから、
冷静に必要な野菜を適量購入していた。

江戸東京野菜を栽培している亀戸大根の葛飾高砂の故鈴木藤一さんや、
砂村一本ネギの栽培をお願いした矢作東一さんもメンバーだった。
亀戸大根は、今年から後継者の秋一さんが出荷している。





3-1.JPG

江戸東京野菜コンシェルジュの亀島由美子さんが、
同店で購入した野菜の写真を送ってくれた。
(小松菜、分けネギ、菜花、セリ)

セリは、水田がなくなった葛飾では、
水セリではなく水元の畑で栽培したものだという。

だし汁で煮て卵とじで食べたとか。

追録
葛飾元気野菜直売所は、柴又にあるが、駅前には寅さんが立っていた。

4-1.JPG

寅さんの渥美清さんは、板橋区志村の出身で、

志村みの早生大根の授業を板橋区立志村第一小学校で行った時に、
校長室の横に、渥美さんの写真が飾ってあったのを思い出した。

上の画像をタップする
柴又と縁が深いだけに意外な気がしたが、渥美さんは同校の卒業生で、
渥美清こと田所康雄さんの国民栄誉賞が飾ってあった。

生徒たちは先輩の国民栄誉賞を誇りに思っているようだった。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸東京野菜と生産者達

2020年04月01日

練馬の井之口さんは江戸東京野菜の香り高いミツバを露地で栽培しているが、収穫が間近になった


数日前に、江戸東京野菜コンシェルジュ協会の上原恭子理事から、
電話を貰った。
練馬の井之口喜實夫さんが栽培している
ミツバがそろそろだろうと思って、電話をしたと云う。

1月にお邪魔した時に、霜が何度も降りて、ミツバは枯れていた。

井之口さんは、ここから春先に向かって、作り上げていくそうで
完全に葉が枯れた、この後、土をかけておき、
新葉が出てきたところで、土寄せをするという行程だと伺っていた。





2-1.JPG

昼頃に井之口さんのお宅に伺うと、上原さんは先に来ていた。

上の画像をタップする。
3月に入ってからの暖かさで、土寄せを行ったようで、
美味しそうな葉が伸びていた。

もう一度ぐらい土寄せを行い、
軟白の茎が伸びたところで出荷をするという。



続きを読む
posted by 大竹道茂 at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸東京野菜と生産者達

2020年03月31日

「東京文化財ウィーク2019」を参考に、江戸東京野菜を地域との文化活動に


東京都教育委員会が発行した「東京文化財ウィーク2019」を都庁の地域教育支援部でいただいた。
2020年の江戸東京野菜の文化活動を実施する上で、参考になるものだった。

東京都では、文化財として保存している古民家のある区の中から、参加を希望する9区により、東京9区文化財古民家めぐり実行委員会を結成し、10月3日から11月23日の間、各地で開催された。




1-1.JPG

上の画像をタップする

足立区
旧和井田家住宅
 自然豊かな都市農業公園内に移築された江戸時代の住宅です

北区 旧松澤家住宅
年中行事の体験や野菜作り、工作教室など、ボランティアによる
さまぎまな講座や古民家ガイドを行っています

板橋区 旧田中家住宅
田の字形の間取りで、土間や台所を備えている典型的な農家建築です。
旧粕谷家住宅
享保8年(1723)建築の都内最古級の建造物です

練馬区 旧内田家住宅
季節展示や体験事業、ボランティア主催のイベントなど
1年を通して楽しむことができます。

江戸東京野菜など、農業の遺産を区毎に加えると
足立区には、

夏は本田うり、冬は千住ネギを栽培する
内田宏之
さんがいる。
足立は夏菊が特産でした。 
足立のつまもの栽培はいろいろあり、農業説明板が建立されている。

北区には、
農地はわずかになったが、
かつては滝野川ゴボウと滝野川人参が栽培されていた。

板橋区には
志村みの早生大根が栽培されている。
赤塚たんぼは、高島平の団地になってしまったが、
徳丸には「田遊び」が伝えられている。

練馬区には、
練馬大根碑や、
御殿跡等、徳川綱吉に関係した史跡が残っている。

練馬大根等、江戸東京野菜を栽培する農家では、収穫体験もできる。
毎年開催される「練馬大根ひっこ抜き競技大会」も行われている。

明治時代に伝わったビール麦で、
金子ゴールデンビールが醸造されている。



続きを読む
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 農地のある景観と環境

2020年03月30日

3月下旬で1p以上の積雪は32年ぶり、外出自粛要請を後押し。


29日、関東地方、特に多摩地区では深夜から昼過ぎにかけて雪が降り、昭島でも結構積もった。

朝6時すきに目が覚めた時には、咲き始めていた庭の花海棠(はなかいどう)と、石楠花(しゃくなげ)が雪をかぶっていた。



1-1.JPG

上の画像をタップする
14時頃には雪がやんだので、雪は融け始めていた。

新型コロナウイルスの感染者が東京都内で急増していることを受けて、小池知事は「いまの状況を感染爆発の重大局面ととらえ28日、29日は、不要不急の外出などを控えるようにとテレビで呼びかけた。

早朝からの積雪は、若い人たちがふらふら出歩くような、
状況ではなかった。

今年、雪が降ったのは1月27日で、講演の帰りに雪が降りだしていた。

2014年は2月になって豪雪が何度かあったが、
2014年2月14日のうおこう寄席のたびに雪が降ったのを思い出した。



posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 農地のある景観と環境

2020年03月29日

セルリーの大産地静岡で栽培する武藤さんからセルリーが送られてきた。


静岡県大井川町宗孝の武藤可六さん(JAおおいがわ組合員)から、大箱に入ったセルリーが送られてきた。
武藤さんも、現役時代に一緒に仕事をした同窓で、大井川町で先進的な農業に取り組んでいる。

スーパーなどではセロリで販売されているが、セルリーの名に注目した。
セロリを、英語で書くと「selery」で、これをフランス語の発音で「セルリー」となるという。

東京でも清瀬市の並木猛さんが、セルリーを栽培していて、今年も3月29日から収穫作業を始めると聞いている。

並木さんは、かつて江戸川で、「日本一のセルリー」をブランドとして栽培していた伊藤仁太郎さんの教え子で、教え通りの栽培手法をとっている。





1-1.JPG


セルリーのルーツについて知らなかったが、武藤さんから送ってもらったことで、調べてみた。

セルリーは加藤清正が朝鮮出兵で、日本に持ち込んだとされており、セルリーの味わいから「清正人参」と呼ばれている。
加藤清正の肥後熊本には、清正人参として伝わり、栽培している農園もあるようだが、種苗会社のF1だというので、熊本市のひご野菜や、熊本の伝統野菜にはなっていない。

1800年頃には、オランダ船が持ち込んだとの説もあり、香りが独特だったために普及しなかったという。

武藤さんの静岡県では戦前に旧豊田町の有識者によって導入されたのを始まりとし、1943(昭和18)年には浜松市東区豊西・中ノ町地区で栽培されるようになり、さらに県内各地区へと生産が広まっていった。

朝鮮戦争による特需が1950年(昭和25)にあり、浜松市で栽培されているセルリーは、1951(昭和26)年にアメリカのユタ州から取り寄せたタネ「コーネル619」を基に、関係指導機関が一体となって改良を行い育成した。

清瀬の並木さんも、師匠の使っていた「コーネル619」を引き継いでいる。

1953(昭和28)年には駐留米軍からセルリーの栽培地が「清浄蔬菜栽培地」の認定を受け、一層の産地拡大が図られた。
駐留米軍特需用に加え国内需要も拡大し、農業用ビニールハウスを利用した作型開発による作業の効率化が行われていった。

このような経過を経て、現在全国シェアのトップ3を長野、福岡と争っていて、年間出荷量こそ長野に首位を譲っているが、秋から春(11月〜5月)にかけては温暖の静岡県浜松市産の出荷量が日本一だという。

セルリーの物語も調べてみると奥深い
調べながら、武藤さんのセルリーを、美味しくいただいている。
武藤さん ありがとうございました。

posted by 大竹道茂 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報

2020年03月28日

フォレストin 昭和館前のコブシが、この季節は真っ白に咲き誇っていた。


桜の標本木がまだ1-2輪の時に、半蔵門の桜は咲き始めていたことは、2週間も前に紹介したが、昭島駅までの通勤路は、コブシの花が8分咲きだった。




1-1.JPG

上の画像をタップする。
10年前まで毎朝歩いての通勤は、昭島駅まで15分ほどかかったが、
フォレストin 昭和館の前の街路樹はコブシで、
この季節は真っ白に咲き誇っていた。

先日通りかかったときに、咲いていたので懐かしくなって撮ってきた。



続きを読む
posted by 大竹道茂 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 農地のある景観と環境