2018年06月19日

農業・農村ギャラリーの ”ミノーレ” で、日本橋「ゆかり」三代目が “こだわりの旬を味わおう! 野永めしセミナー“ で指導。


農業・農村ギャラリーの ”ミノーレ” で行われている料理セミナーは、2008年から開催されていて、今回で10周年を迎えた。

同セミナーの講師として、2014年からお願いしている日本橋「ゆかり」の、三代目・野永喜三夫さんが、今年から “こだわりの旬を味わおう! 野永めしセミナー“ として実施している。

野永さんは江戸東京野菜をはじめとする、東京の食材を積極的に活用していただいていることから、江戸東京野菜への思いを伺いたいと、取材を申し込んだうえで、同ギャラリーの福羅美貴さんにお願して、講座の取材もお願いした。





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セミナーは、丸の内のJAビル4階にある農業・農村ギャラリーで、12時5分から12時50分と、近くのビルにお勤めの方も参加しやすいような時間帯になっていて、参加費は1000円。

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今回は ”ミノーレ”での゛セミナー10周年を記念して、にんべんの商品と湘南レッド(タマネギ)と、キュウリにトマト、の入ったプレゼントが用意されていた。

今回は、にんべんの広報宣伝グループの木村絵里子係長が見えていて、商品紹介が行われていた。

野永さんの手元は、部屋に2台あるモニターから、野永さんの手元を見つめる参加者。
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お料理は、
「キュウリとナスのお出汁を楽しむ揚げびたし」
「やまゆりポークとナスの炒め物」
「やまゆりポークと湘南レッドとキュウリの初夏スープ」
「やまゆりポーク、湘南レッド。キュウリのさっぱり梅マヨ合え」





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江戸東京野菜コンシェルジュの松嶋みどりさんと、木村えり子さんは、同セミナーの会員で出席されていたので、
野永さんは、今回のお土産、にんべんの焼あご入りのだしパックを紹介。

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セミナーの開催後、八田尚子先生のインタビューが行われた。

これまで、江戸東京野菜を始め、東京の食材を使ってきた三代目野永喜三夫さんは、日本橋から江戸東京野菜をブランド化していこうという二代目野永喜一郎さんの思いを率直に受け入れて、東京の生産者との交流を通して、江戸っ子プリンなどの商品開発も行っているだけに、行動力のある話は興味深かった。。



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2018年06月18日

新宿区立柏木小学校の鳴子ウリの栽培は、梶谷先生の指導を受けて、その経過の写真を送ってくれた。


新宿区立柏木小学校(佐藤郁子校長)の4年生が栽培している、柏木の伝統野菜「鳴子うり」は、定期的に経過の写真を送ってくれるが、

今回は、詳細に7枚の写真を送っていただいた。
6月7日にうどん粉病が生したとメールを頂いたが、翌日、指導をされている梶谷先生が伺ったようで、

副担任の岡田淳子教諭から「梶谷先生には、成長の早い苗を網に誘引し、うどん粉病にかかった苗を殺虫殺菌剤で治療をしたりしていただきました。」と15日にメールをいただいた。




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地を這わせる2本の苗は、伸ばしていこうとする方向に親蔓を向けました。(写真)

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5株ある内の3本を網に近いところに植えていますが、どちらか生育のいい2本を綱に誘引することになります。





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ひ弱なもの…(写真)
 梶谷様に肥料を施していただいたおかげで、元気になってきたので、アンドンの袋をはずしました。


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成長の早いもの…(写真上)。
 網に誘引し、親蔓を摘芯して、親蔓に赤、2本の子蔓に白の印をつけました。
 (写真では子蔓につけた白いモールがきつく見えますが、余裕をもたせてあります)

うどん粉病を発症した株(写真下右)、行燈をとり梶谷先生が処置した株(写真下左)

うどん粉病のもの…
 梶谷様の処置が功を奏し、うどん粉病はそれ以上、広がらず、よく成長しています。
 うどん粉病にかかった下の方の葉は切り落として焼却しました。


梶谷先生からは
「3人の先生の頑張りで、すばやく対応していただけており、比較的順調に生育しております。

今年も天候の変化が大きく鳴子ウリにとっても厳しい毎日しょうが、3人の先生との連絡を一層密にして、子どもたちにこの地で引き継がれてきた鳴子ウリを味わってもらえるよう取り組んでいきたいと思っております。」

のメールをいただいている。

雑草が見えないのも、安部教諭(1組)、今関教諭(2組)、岡田教諭の努力がうかがえます。
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2018年06月17日

根岸の里に子規庵を訪ねたが、糸瓜が蔓を伸ばしていた。


目黒と筍の句に、正岡子規と、高浜虚子の句があり、目黒区立めぐろ歴史資料館でお話をしたことは、ブログで報告した。

ブログの中では、色々と教えていただいた一般財団法人子規庵保存会のHPにリンクさせてあったが、目黒の筍で、子規の人柄の一端を知ったことから、一度は行ってみたいと思っていた。

丁度、押上まで行く用事があったので、少し早く出て、日暮里で下車した。

子規の句を調べた過程で、一般財団法人子規庵保存会の田浦徹代表理事にいろいろと教えていただいたので、お礼を申し上げたが、ブログを読んでいただいたようで、盛会だったようですネ!。と云っていただいた。




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子規は、明治19年頃から同23年頃にかけて上野公園内 でベースボールに熱中していたが、この頃、吐血して、結核を発症したようだ。

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子規庵は、加賀藩前田家の下屋敷の侍長屋だったもので、二軒長屋の一軒の借家に明治27年に移り住んでいる。
私が子どもの頃住んでいた目黒の家も、昔ながらのこんな雰囲気だったから、子規庵は、ほっとした落ち着きを感じた。

黒板塀も、ブロックに変わったが東京都指定史跡「子規庵」とあった。





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      病む我を 写す写真に床のへの
           瓶にさしたる桜写りぬ (明治33年)

明治33年4月5日に撮影された、病牀に横たわる写真の裏に子規は、写真に写る情景を書いている。

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子規 終焉の間には、子規の座机が置かれていたが、子規は脊椎カリエスで左足は曲がったまま伸びなくなっていたので、立膝を入れるようにくりぬいてあり、田浦代表理事に言われて実際に試してみた。






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かつて荒川区の谷井千絵観光振興課長が、三河島菜は荒川区の観光資源だとして、日暮里駅前で日暮里マルシェを開催し、都立農産高校の生徒が栽培した三河島菜を販売した。

課長は、松山市立子規記念博物館まで行って、色々と調べてこられたことは、当ブログで紹介している。

根岸あたりに畑があったころ、小松菜など、青菜の句を詠っているようで調べて見ようと思っている。





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庭では、昔ながらヘチマが蔓を伸ばしていて、

庭には、絶筆の糸瓜(へちま)三句の碑

糸瓜咲て 痰のつまりし 佛かな 子規
痰一斗 糸瓜の水も 間に合はが  子規
おとといの へちまの水も 取らざりき  子規


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追録


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近くには豆富料理の老舗「笹乃雪」がある。


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水無月や 根岸涼しき 笹の雪   子規(明治二十六年)
(みなづきや ねぎしすずしき ささのゆき)

蕣に 朝商ひす 笹の雪    子規(明治三十年)
(あさがおに あさあきなひす ささのゆき)

「子規の里」というメニューもある。

入谷の朝顔まつりは、今年は7月6〜7日とある。



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善性寺門前の説明板には

善性寺は日蓮宗の寺院で、長享元年(1487)の開創と伝える。寛文四年(1664)六代将軍徳川家宣の生母長昌院が葬られて以来、将軍家ゆかりの寺となった。
 宝永年間(1704〜1711)、家宣の弟の松平清武がここに隠棲し、家宣のお成りがしばしばあったことから、門前の音無川にかけられた橋に将軍橋の名がつけられた。
 善性寺の向い、芋坂下には文政二年(1819)に開かれたという藤の木茶屋(今の「羽二重団子」)がある。
 
 芋坂も団子も月のゆかりかな  子規

羽二重団子は、現在ビルが建設中だった。

江戸時代創業の、笹乃雪、羽二重団子ともに、東都のれん会の会員だ。



posted by 大竹道茂 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報

2018年06月16日

東京ウドが新芽を伸ばしていたので、根株の収穫までを記録することにした。


我が家から都心に出るには、JR昭島駅と西武拝島線の西武立川駅の二か所があるが、
昭島駅までは南へ徒歩で20分、西武立川駅は北へ10分という位置関係にある。

先日、西武立川駅に行く途中に、畑にウドが芽を出しているのを見つけた。
1カ月前には出ていたと思うが、気が付くのが遅かった。

ウドは、1年間畑で栽培する。
秋には花が咲き、冬には霜が降りると枯れてします。
そんな、東京ウドの1年について知っている方は少ない。

そこで定期的に、成長を追ってみることにした。




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6月9日、初めてウドの根株が植えられていたことが分かった。

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6月12日、台風が来ていたが、伊豆諸島を通過北海道に行く前で温帯低気圧になって消滅した。

雨は降ったが風はなかったから、グイとひと伸びした感がある。


posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸東京野菜と生産者達

2018年06月15日

西新宿小学校が今年も内藤カボチャの栽培が始まった。


西新宿小学校には、2014年から伺っているが、5年生(豊田龍太学級)の総合の時間で取り上げている。

江戸東京野菜は、高学年での授業でないと、歴史を理解するのに、難しいからで、内藤カボチャの歴史にも、徳川家康が登場するからだ。




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同校の清水仁校長にはご理解をいただいている。

西新宿小学校は、昨年開校20周年を迎えている。
新宿の小学校では山手線の外側は、淀橋の名を冠していたが、児童の減少により、統合が進んでいた。

淀橋第六小学校と淀橋第三小学校が合併して、平成9年(1997)に西新宿小学校として淀橋第六小学校の校舎を使って開校している。

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カボチャは、場所をとるが、同校では網に這わせる方法で、受粉の授業では小笠原秀二主事が指導してきた。




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posted by 大竹道茂 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 内藤トウガラシとカボチャ

2018年06月14日

江戸東京野菜の普及復活に貢献されてきた方々にお話しを伺った。


江戸東京野菜に普及復活に貢献されてきた方々の話を聞こうと、やさい応援団「まるごと野菜」の八田尚子先生(構成・文)、と一緒に回った。

皆さんお忙しい方々だが、時間を割いていただいた。




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宮寺光政さんとは、付き合いが長い。現役の頃からだから、江戸東京野菜の復活をライフワークに選んだ60年代は、残っていた江戸東京野菜は15品目だった。

練馬ダイコン、亀戸ダイコン、高倉ダイコン、東光寺ダイコン、滝野川ゴボウ、
東京ウド、ノラボウ菜、伝統小松菜、しんとり菜、下山千歳白菜、
奥多摩ワサビ、金町コカブ、馬込半白キュウリ、馬込三寸ニンジン、ツマモノ、

はじめて復活させたのが、品川蕪で、宮寺さんにお願して栽培してもらった。
北品川商店街の活性化にと、品川カブを探していたマルダイ大塚好雄商店の依頼を受けて、小学校の栽培指導なども行っている。

また、三河島菜の栽培復活をされたのも宮寺さんで、荒川区の小学校での栽培指導を行っている。

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伺ったときは、馬込半白キュウリが収穫されたが、小平市一橋学園の「なにや」に納めることが決まっていた。




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2018年06月13日

フリーペーパーの「MetRO miN。」メトロミニッツ 2018MAY No.186で、三國シェフが江戸東京野菜を紹介している。


孫娘が地下鉄の駅でもらってきたと、フリーペーパーの「MetRO miN。」メトロミニッツ 2018MAY No.186を置いていった。

何かと思ったら、三國清三シェフが出ている。
今年も、オテル・ドウ・ミクニに行っているから、わざわざ持ってきてくれたようだ。




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今回の特集「TOKYO GREEN TABLE & TAlK」に、三國シェフが江戸東京野菜を紹介している。

次のページを開いたら、東京農大の出世頭。「進士五十八先生」が、「東京における緑と公園の関係とは?」を、

同い年で、東京農業大学学長になり、現在は福井県立大学学長をされているが、
バネラーとして、何度かご一緒している。
2007年の「TAMAらいふ21
2009年、地域食材と江戸の食文化
2012年埼玉県三芳町で、第2回「農あってこその都市社会

そして、小池百合子知事の、「東京が ”緑“であふれるために今、取り組んでること。」が掲載されている。


posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版物・メディヤ等の紹介

6月16日(土)「第2回初めての江戸東京野菜講座」を開催!!。試食もあります。

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上の画像をタツプしてお申し込みください。
「学生割引」「フォローアップ割引」もあります
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2018年06月12日

目黒区の栄養士さんから、7月の夏季研修で目黒のタケノコの話を依頼された。


地元目黒の伝統野菜が「たけのこ」だと云うことを、今回、めぐろ歴史資料館の開館10周年特別展で初めて知ったと云う、新住民の方もいるようだった。

質問にもあったので、改めて年代を整理すると
孟宗竹は、中国の揚子江の南が原産地で、「毛竹(まおつう)」
と呼ばれているが、島津吉貴公が元文元年(1736)に琉球交易の中で
取り寄せ、磯・仙巌園に定植、薩摩では江南竹と呼んでいる。

九代将軍家重の宝暦年間(1751−1764)に献上し
吹上御苑に定植してある。

明和3年(1766)に加賀藩の足軽が江戸からもって行ったと、
加賀野菜にある。

山路治郎兵衛勝孝は、戸越に寛政元年(1789)に導入している。

これら時代をベースに、目黒の筍のルーツを組み立てた。
アンケートを、読ませていただいたが、お引き受けして良かった。




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皆さん熱心で、次から次へと質問をいただいた。
終了後、追加質問などもあって、それが終わって会場を出ようとしたら、呼び止められた。

7月23日(月)に、目黒で開催される栄養士の夏季研修「目黒区学校給食研究会」に招かれているが、担当の栄養士さんが見えていたのだ。

目黒区立緑が丘小学校の安藤香奈子栄養士(左)と宮前小学校の松永有香栄養士で、

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安藤さんは、今年1月に
アジュール竹芝で開催したイベントでお会いしていた。

また、今年2月に駒込の東京都学校給食会館で行われた、平成29年度 都立学校栄養職員専門研修会には、松永有香栄養士が来られていたと云う。

お2人とも、江戸東京野菜については、理解があり、目黒区学校給食研究会を開催するにあたり、江戸東京野菜を推薦してくれたようだ。

講演では、パワーポイントで、山路治郎兵衛勝孝の話をしたが、都立園芸高校の徳田安伸統括校長が写っていたことから、より目黒のタケノコが身近になったと話されていた。

何でも、徳田校長には、昔からお世話になっているとかで目黒のタケノコとの
縁が見えてきたとも。

夏季研修については、都立学校栄養職員専門研修会の内容をベースに話すつもりでいたが、目黒のタケノコの話も面白いから、加えて欲しいと云う。


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posted by 大竹道茂 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | タケノコ

2018年06月11日

めぐろ歴史資料館が開館10周年特別展「目黒のタケノコ〜竹がもたらすもの〜」で、目黒のタケノコ物語を話す。


目黒区立めぐろ歴史資料館が開館10周年特別展「目黒のタケノコ〜竹がもたらすもの〜」が開かれているが、3月に横山昭一学芸員が訪ねてこられ、講演を依頼された。

4月28日には横山学芸員の展示品解説があると云うので伺い、話がだぶらないようにと思って、聞きに来ている。

今回の講演テーマは、「目黒のタケノコ物語」としたが、
昨年、ブログに子規のことを書いたので、それをベースにパワーポイントを作った。

鹿児島にも行っているので、それらの写真も活用している。




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目黒の筍は、江戸の頃から、目黒不動尊門前の料理屋で季節になると名物として筍飯を食べさせたことから「目黒の筍」は世に知られることとなった。

今回の話の中心に、「目黒」と「筍」のある句として、
正岡子規の
「筍や 目黒の美人 あるやなし」 と

高浜虚子の
「目黒なる 筍飯も 昔かな」 を紹介し、
皆さんに句の背景を考えてもらうことにした。



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posted by 大竹道茂 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | タケノコ