2018年04月21日

土佐の伝統野菜を守った、竹田功先生の功績等をつづる本を絵本塾出版が発行を検討。


先日、田辺一乃さんの講談を聞きに行った時に、絵本塾出版の尾下千秋社長から高知の竹田順一先生が東京に来ると云う話を聞いていて、帰る日に打ち合わせをするからと云われた。

竹田先生のお父さん故竹田功先生は、高知県が生んだ植物学者牧野富太郎博士に師事していた。

昭和17年、当時・千葉大園芸学部の助教授をされていた功先生が家庭の事情で高知に戻るとき、高知の在来野菜の調査・採種をしなさいと指導を受けたと云う。

このことは野菜情報誌の「6.高知県での新たな出会い」の項に書いた。

今日牧野野菜と云われるものは、竹田先生の御尊父功先生が採集したものを引き継いだ竹田先生が種採りをしながら守り引き継いできたものだ。

竹田先生との出会いは、2015年1月に遡るが、以来親しくさせていただいている。





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竹田先生とは、神保町のブックハウスカフェ(今本義子社長) でお会いした。
こどもの本専門店&カフェ」で、同店では尾下さんが「第一回 絵本塾カレッジ〜創作えほんコンクール〜」の公募作品展が開催されていた。

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会場では同コンクールの事務局を担当する
廣岡一昭さん (旅と思索社社長)と
多屋光孫さん(絵本作家、紙芝居作家・挿絵画家)にお会いした。





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尾下社長が竹田先生とお会いしたのは、これまで同社が江戸東京野菜をはじめ全国の伝統野菜について絵本にしようとの思いがあるもので

竹田先生が守ってきた土佐の伝統野菜についても発行を検討してきて、小生も相談にあずかってきた。

今回初めて、廣岡さんと多屋さんも発行スタッフに入れての、第一回の打ち合わせとなった。

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竹田さんがお2人に自己紹介をする形で始まった。
アグリグリーンの話は、パソコンを開いて研究内容を熱く語った。

土佐最古の農業書『物紛(ものまぎれ)』なども参考にしていきたい。

出版には、高知のジャーナリスト石川清彦さんもスタッフに加えてはと尾下社長に助言させてもらった。


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2018年04月20日

江戸東京野菜コンシェルジュ協会の担当役員が生産者のお宅に挨拶回り


今年は、昨年以上のイベントが各地で企画されているが、これまで江戸東京野菜コンシェルジュ協会に相談があったものは、責任をもって生産者や流通業者などを選んで対応をしているが、

今年度は松嶋あおい理事が担当となったことから、まだ畑にも行ったことのない生産者を紹介してほしいと云うので、

江戸東京野菜コンシェルジュで青果商「果菜里屋」の高橋芳江さんと一緒に、生産者を回った。

すでに決まっている大きなイベントとしては、駅ビルなどでの江戸東京野菜フェア―があり、
東京都が毎年実施している「東京味わいフェスタ」などが予定している。




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松嶋理事は江戸東京野菜の生産者をほとんど知っているが、畑に行ったことがないと云うので、まず小平の岸野昌さんの畑に伺った。

内藤とうがらしプロジェクトの生産者チームのひとりでもあることから、依頼されて鉢植えを500鉢ほど作っていた。

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岸野さんはメインに滝野川ゴボウを作っているの畑を見せてもらったがすでに双葉が顔を出していた。

マルチが敷かれていたが、マルチが春の強風であおられないように、土を入れたビニール袋が重しに置かれていた。





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昨年、商品にならないゴボウを自家用に仮植していたので、堀川式栽培をしてみないかと話したことがあった。

栽培しているところを見せてくれた。
ひと冬越して力強い葉が伸び始めていた。

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一本抜いてくれた。
寝かせて植えてあるので、すぐ掘れた。

一度食べてみたいと思っていて、今月29日に開催する田辺一乃さんの江戸東京野菜講談で皆さんに食べてもらおうと思っている。





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滝野川ニンジンも昨年作ってもらったが、種採用に残してあった。


途中、寺島ナスの清水丈雄さんの畑も見たいと、立ち寄ったが忙しそうにしていたので挨拶だけで失礼した。

金町コカブは、抽苔が激しく、すべて抜いてあったが、お願した分は、双葉を出していた。





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昨年は内藤カボチャの栽培をしてくれた立川市西砂の石川公一さんの畑に伺った。

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つなぐ通信の表紙を飾った石川さんの内藤カボチャ。

皆さんからの要請に、今年も昨年以上に作りたいと語っておられた。

農場入り口の孟宗竹は、収穫が終わり残す分だと云っていたが、大きく伸びでいた。


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2018年04月19日

鎌倉大根で染めてみよう!! 入門編が15日 大根料理の店「福来鳥」で開催された。


爽やかな春の色 鎌倉大根で染めてみよう!!」、が先日鎌倉の大根料理の店・福来鳥で開催された。

鎌倉大根みらい研究クラブの渡邊公子先生は染色作家として鎌倉大根に注目し、草木染の手法で取り組まれたもので、

先日は、実践女子大で行われた実践家庭科研究会でも、皆さんに紹介した。




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会場の福来鳥は鎌倉市佐助で、地元の信仰を集める佐助稲荷神社に伝わる故事にある大根が由比ガ浜に自生していたことから、商品名として鎌倉大根と名付けたもの。

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会場に集まった皆様は定員の15名で、高円寺「うおこう」の女将松井つるみさん(江戸東京野菜コンシェルジュ)もお友達を連れて参加している。

始めに渡邉先生から、染色の手順等について説明があった後、各人が希望する絹のスカーフなどが手渡された。





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福来鳥の畑で栽培している鎌倉大根の葉を煮詰めて染液を作る。

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最初に水に浸します
染液(左下)に浸ける。
銅の媒染液(右上)に浸けて、色を定着させた。

最後に水洗いをして乾かす。






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爽やかな緑色に染まったスカーフを、福来鳥のテラスで乾かす。

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満足のいく色に染まった作品に見入る参加者。


追伸


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大根料理の店「福来鳥」で出された軽食
同店の風呂吹き大根は、季節の物が乗っている。

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軟骨入りのつくねは、鬼おろしでおろした大根で(左上)
福来鳥名物「大根スープ」にはイチゴを入れて(右上)
梅とちりめんじゃこ入り菜飯は、青首大根の葉






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デザートは創作おはぎ
おはぎには、オレンジに鎌倉大根の花が添えられている。

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野菜サラダで、大根の葉を練り込んで打ったうどんに
鎌倉大根の花がちりばめられている。

追録
今回の入門編は参加希望者が多く、
参加できなかった方のために、

5月12日(土)、5月29日(火)、6月1日(金)の
3回を15名規模で実施される。



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2018年04月18日

亀戸香取勝運商店街の居酒屋・発酵文化応援団の「第38回 夕靄発酵談」で『品川蕪汁』が語られた。


江戸東京野菜の応援団のひとり喜連川覚さんの居酒屋「発酵文化応援団」で、毎月、二つ目の講談師田辺一乃さんによる講談の会「夕靄(ゆうもや)発講談」を開催している。

江戸東京野菜には物語があるので、喜連川さんに一度田辺さんに会いたいと頼んでいたが、以外に早く機会を作っていただいたので、一乃さんには期待を込めて色々と物語をお伝えした。

するとこちらの思いが伝わったのか、翌日に出来たと連絡があり、「品川蕪汁」だという。
さすが創作意欲満々の一乃さんだ。




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品川蕪と云うので、絵本塾出版の尾下千秋社長にお伝えしたら、是非聞きたいと忙しい中駆け付けてくれた。

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絵本塾出版からは、やさい応援団「まるごと野菜シリーズ」を出版しているが、江戸東京野菜シリーズとしてムック版を発行しようと、「品川カブ」についても準備を進めていることからどんな話になるかと注目されていた。





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狭いお店のどこで話すのかと思っていたら、喜連川さんがビールケースを持ってきて入り口近くに置いた。
一乃さんは、風呂敷に包んできた手作りの釈台を組み立て、ビールケースの上にセットした。
釈台は生板を利用したとか・・・
これによって早く来ていた我々の席は一番前の横に座った。

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一乃さんは、入り口を背にして読み始めた。

勝運男の喜連川さんがプロデュースした勝運ビールを飲みながら、亀戸大根のスティクを味噌でポリポリ・・・・。

「寛永三馬術 筑紫市兵衛 松浦潟の血煙」
筑紫市兵衛、曲垣平九郎、向井蔵人による長い長いお話は、
真面目な筑紫市兵衛が忠義のために松浦潟で決闘してしまうのが発端・・・・

張り扇で釈台をパパンと調子よく叩いて読んだ。

続けて、新作の「品川蕪汁」・・・・
品川蕪汁」は、江戸時代に品川沖で遭難した陸奥(現・むつ市川内町)の船乗りたちを品川の漁師たちが救い、温かい味噌汁を飲ませ助けたという史実が、川内町の町誌に掲載され、品川汁として伝えている。

府中の施設慰問の時には、府中ゆかりの真桑瓜「府中御用瓜」の話を読むと、創作を続けてくれているようだ。
小生の「江戸東京野菜」物語編の物語が創作に参考になると購入して読んでくれている。感謝!





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あまり遅くては、自宅に着くのが12時を回ってしまうので、9時半に店を出た。

喜連川さん、田辺さんありがとうございました。

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香取神社境内で30日、5月1日の両日、
江戸伝統文化倶楽部主催で、発酵文化応援団共催で実施されると、田辺さんが資料を配って皆さんに紹介した。

追伸

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29日(日・祝)。第10回高円寺びつくり大道芸2018」
高円寺の居酒屋「うおこう」に田辺一乃さんが出演する。

江戸東京野菜の新作「寺島茄子の由来」を読む。
すでに玉ノ井カフェで上演済で、東向島の阿部敏さんが良かった!!と・・・


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2018年04月17日

オステリアアルコ岡田圭介シェフによる「第2回並木さんのセルリ−づくしスペシャルディナー」が開催された。


渋谷のイタリアン「オステリアアルコ」の岡田圭介オーナーシェフによる、並木猛さんのセルリ−づくしスペシャルディナーは、昨年に続き今年も開催されると云うので、企画の上原恭子理事に申し込んでいた。

始めて行くのでアクセスを聞いたら、東急本店の先だと云うのが分かった。
松嶋あおい理事が案内してくれると云うのでハチ公前で待ち合わせをしたが、渋谷は外人観光客でごった返していた。




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セルリーの出荷が終わって、ホッとしたところで並木さんは「セルリ−づくしスペシャルディナー」を楽しみに来ていた。

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イタリアンの「オステリアアルコ」の入り口には、オリーブが蕾を持っていた。
レモンは果実を着け、蕾も咲こうとしていた。

今朝いただいた岡田シェフの感想は
皆様に喜んでいただけて良かったです!今回は並木さんが自慢のセルリーを自分で届けてくれた時がとてもうれしく、料理は生産者さんありきだなーとつくづく感じました。




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4月21日(土)、江戸東京野菜講座が新宿で開催されます。

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上の画像をタップしてお申込みください。
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2018年04月16日

一般社団法人日本実務能力教育協会の実施する2級、3級の和食アドバイザー検定の申し込みが始まる。


在宅受験方式の和食アドバイザー検定2級、3級の受験申し込みが始まる。

 和食アドバイザー検定とは
「自然を尊重する日本人の心を表現した伝統的な社会習慣」として、ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」。
そこには献立の内容にとどまらず、食材、調理法、食べ方、礼儀作法、食器、食の環境まで含めた「文化」があります。

また、日本人の自然に対する畏敬の念や民族習慣、感性などから築かれた「歴史」があります。
そのような「和食」の知識や技術を習得し、その魅力や素晴らしさを多くの人々に伝えることのできる人材を育成する検定です。




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同協会のホームページはここから


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2018年04月15日

品川歴史館の帰りは大森貝塚から鈴ヶ森を回って立会川へ


品川歴史館からすぐのところに品川区立大森貝塚遺跡庭園があると云うので足を延ばして行ってみた。

明治10年(1877年)、アメリカの動物学者 エドワード・シルベスター・モースが、横浜から新橋に向かう汽車の車窓左側から貝殻の層を発見した。
モースの貝塚発見のレポートには所在地が大森村と記述されていたことから「大森貝塚」(現大田区)とされたが、発掘地は「荏原郡大井町」(現品川区)だった。

現在、大田区にも大森貝墟碑が建立されていて、大森(現山王)から品川区大井にかけての線路沿いの崖地に貝塚が広がっている。




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日本で初めて貝塚の学術調査が行われたのは縄文時代後期から晩期の大森貝塚遺跡で、大森から、大井にまたがる一帯を「日本考古学発祥の地」と呼んでいる。

品川区では、大森貝塚遺跡を庭園として整備している。




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2018年04月14日

江戸で普及した孟宗竹は、勝孝によって品川領戸越村から近隣の小山・中延・目黒に広がりを見せた。


品川区立品川歴史館では、企画展として戸越と小山「山路治郎兵衛のタケノコ栽培と足跡」をやっていると云うので、出かけた。

武蔵小山商店街連合会が主催している「ムサコたけのこ祭り」は毎年この季節に開催されるが、

これは江戸時代に鉄砲洲で幕府御用の回漕業を営んでいた山路治郎兵衛勝孝が、薩摩藩邸で見事な孟宗竹の竹林を見て、種竹を薩摩藩から取り寄せ、戸越に設けた別邸の敷地で筍栽培を始めたことを起源としている。

孟宗竹は、薩摩藩が琉球経由で中国から輸入したもので、本来「江南竹」と呼ばれ、鹿児島城下の島津邸仙巌園で栽培されているが、
天保八年(1838)に仙巌別館に建立した 仙巌別館江南竹記には、「俗に孟宗竹と呼ぶ」とあり、日本で孟宗竹の名がついた





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今回の企画のベースになっているのが、山路家に残る資料によるもので、

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チラシによると「山路治郎兵衛勝孝が戸越に植えた孟宗竹は、近隣の小山・中延・目黒に広がりを見せ、筍の−大産地になりました。

また、山路勝孝の子孫勝知は、明治時代に戸越村・上蛇窪村・下蛇窪村の戸長をつとめたほか、現・京陽小学校の設立や、戸越八幡神社の護持、関東大震災発生時の平塚村への救済など数多くの事蹟を残しました。

そこで本展では、「ムサコたけのこ祭り」の開催にあわせ、勝孝と勝知の足跡を辿りながら江戸時代から大正時代の戸越・小山地域を紹介します。」 とある。



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2018年04月13日

坂本龍馬ゆかりの地とは知らなかった!、京急の立会川駅周辺を歩き回った。


筍のシーズンになったが、品川区では品川歴史館が、筍の企画展をやっていると云うので、出かけた>
が、歴史館へのアクセスは、京急の立会川駅で下車したが、そこが土佐藩の坂本龍馬ゆかりの地であったことを知った。

時間的に余裕があったので、いつも情報をもらっている、高知の石川清彦さんや友人たちに土佐の情報を伝えようと、歩いてみた。






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立会川駅近くの品川区立浜川中学(東大井3丁目)の地に土佐藩山内家下屋敷跡の説明板が建っている。

立会川沿いに、土佐藩山内家の下屋敷1万6千8百余坪と抱(かかえ)屋敷(869坪)は東海道往還を挟んで東西に位置し、抱屋敷は河口に位置していた。

ともに万治元年(1658)に拝領、囲込みによって取得したもので、表道通りで結ばれていた。
他には、砂村(江東区北砂一丁目付近)にも下屋敷があった。

中屋敷は木挽町築地(現・中央区築地)にあり、現在の中央区役所となっていて、坂本龍馬が江戸で剣術修行をしていた間、この中屋敷(築地屋敷)の長屋に住んでいたと云われている。

因みに、上屋敷跡地には現在・東京フォーラムが建設されている。

ペリー来航時の狂歌

「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん) たつた四杯で夜も眠れず」

「上喜撰」とは宇治の高級茶のことで、高級茶を4杯飲んで眠れなくなったということと、ペリーの蒸気船(黒船)がたった4隻でやってきただけで慌てふためいている幕府を皮肉ったもの。




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