2009年09月01日

【9月号】 江戸東京野菜 物語篇……江戸東京野菜には物語がある


前号で紹介した「江戸東京野菜 図鑑篇」と併せて「江戸東京野菜 物語篇」を執筆して、8月末にようやく校了した。9月中旬には完成して、下旬には書店に並ぶはずである。この物語篇は「1.400年の歴史を伝える江戸東京野菜」「2.江戸東京野菜には物語がある」「3.江戸の食の"柱"は江戸生まれの野菜……食文化研究者・江原絢子さんに聞く」「4.江戸東京野菜復活の取り組み」の4章で構成した。



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江戸が運河の街だったと知る人は少ない。ましてやその運河を利用した舟運の主要な荷が米と並んで野菜だったと知る人はもっと少ないだろう。

急増した江戸の人口を支える大量の農産物は、「河岸」と呼ばれる市場に荷揚げされた。運河と街道を結ぶ拠点に市場が形成されていた。神田須田町にあった神田市場しかり、日本橋川と神田川に挟まれたこの地域は特に舟運の便がよかったからだ。他にもいくつもの河岸が多数点在していた。京橋には「京橋大根河岸」があった。現代的ビルが立ち並ぶ東京の中心地は、ベニスに匹敵するような運河の街であり、野菜流通の拠点だったのである。 

また、江戸は田園都市であったことを知る人も少なくなった。江戸は人口の増加に伴って規模が拡大してゆくが、常に郊外に新鮮な野菜を供給できる場所が必要であった。そうでなければ100万人もの人口を養うことができなかった。江戸東京市中も含め近郊の農村で栽培され、江戸東京人の食卓に上り食文化を育てたのが江戸東京野菜だ。「練馬ダイコン」「滝野川ゴボウ」「早稲田ミョウガ」「小松菜」などの産地の名がつくのもそれだけ身近だったからに違いない。400年の伝統があるだけに話題はつきない。その歴史を振り返り思いを綴った結果が200頁を超える「江戸東京野菜 物語篇」になった。

輸入ギョーザ中毒事件をきかっけに食の安心安全の問題がクローズアップされ、外国依存の恐ろしさを消費者は深刻に受け止めるようになった。身土不二、地産地消などの言葉が広く知れ渡り各地で伝統野菜復活の動きが出てきている。

その象徴として日本の首都東京には江戸東京野菜があり、その東京で地場産野菜を栽培する志の高い農家や関係者がいることを広く知ってほしいというのも本書執筆の動機の一つでもあった。本書を是非手にとって、多くの方に江戸東京野菜に興味を持ていただき、食の安心安全の問題だけでなく、身近な都市農業が持つ食を支える力、さらにはスローフードのあり方や地球に優しい食文化への理解と発展につなげていただければ幸甚だ。