2010年01月04日

AFC フォーラム 2010年1月号に江戸東京野菜でエッセー


日本政策金融公庫の農林水産事業本部の広報誌「AFC フォーラム」の編集協力をしている、青木宏高さんから、11月に同誌1月号のフォーラムエッセーの頁を書かないかと電話がかかってきた。

青木さんは、NPO法人良い食材を伝える会の理事で、「江戸・東京伝統野菜の産地を見て学ぶ」ツアーを企画してくれるなど、早くから注目してくれているので、多くの方々に知っていただくには良い機会なので喜んでお受けした。

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2010年01月03日

東京都公園協会の季刊誌「緑と水の広場」に、「江戸生まれの小松菜」が掲載される


2009年の9月末に、東京都公園協会が季刊誌として発行している「緑と水の広場」東京の自然図鑑に、「江戸生まれの小松菜」について執筆をお願いしたいと (株)シーエスプランニング編集ルームの三品和彦氏から既刊誌と共に手紙を戴いた。

この季刊誌、都民を中心に広く一般の方々に、東京の緑と水および自然に対する関心と知識を深めてもらうとともに、都立公園・庭園の魅力、公園協会の事業を紹介している。

「東京の自然図鑑」(植物)は、東京とのかかわりでさまざまな植物を取り上げ、その生態や生息、保全の現状、また、種類によっては歴史や文化・生活との関わりなどを紹介していて、

これまでに野菜で取り上げたのは「東京のウド」だけで、27号で東京都産業労働局農林水産部農芸畜産課で野菜の専門技術員をされていてる高尾保之氏が書いていた。



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2009年度の冬号として2010年1月に送って戴いた。

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・江戸の野菜生産事情(江戸生まれの野菜品種は多い、その理由)
・現在、東京は食稚自給率最下位であるが、
その中でコマツナは全国第2位の生産量
・コマツナとはどのような野菜なのか
(祖先は中国から伝来したカブなど)
・江戸におけるコマツナ生産および名前の由来
(大切な冬野菜、葛西菜から小松菜へ)
・江戸での食され方、雑煮に欠かせない野菜
・現在の東京におけるコマツナ生産事情など・・・。


撮影協力を戴いた塚越農園の園主塚越弘さんは、小松菜栽培のリーダーとして、2008年4月に、東京都農林総合研究センター江戸川分場で開催されたシンポジウム「小松菜の明日を考える」で発表している


2010年01月01日

【1月号】 早春の香り、東京ウド


新春を寿ぎ、穏やかな新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。我が家では、正月の一品にウド料理は欠かせない。ウドは平城宮跡の近くから出土した木簡にも書かれているなど古くからある野菜だが、ウドの軟化栽培が江戸に伝


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わったのは文化年間(1804-18)に練馬の石神井に伝わり、また一説には文政年間(1818-30)に杉並の井荻村に伝わり「井荻ウド」と呼ばれていた。戦後、東京では関東ローム層を利用した穴蔵栽培法が開発され、現在、「東京ウド」「立川ウド」のブランドで取引されている。真っ暗闇に真っ白なウドが林立する幻想的な光景が、収穫作業とともにテレビでも映し出されるものだから、消費者は、穴蔵にタネを蒔くものと思い込んでいる消費者が結構いる。ウドは春に畑に芽株を植え込む。 夏には大きく成育し、秋には花も咲く。そして、冬になり霜が降れば、霜げて地上部は枯れてしまう。枯れてもしばらくは畑に放置されるから、「収穫もしないで、枯らしてしまった」と、都会には批判する人もいる。しかし、これがウド栽培の重要なポイントだ。 春になったら芽生える芽をたくさん付けた根株を休眠させるための手段で、その後、掘り出して保冷庫に貯蔵する。そして、出荷時期に合わせて、3〜4メートルの地下に掘られた穴蔵に根株を植え込み。 温度をかけて目覚めさせると、春が来たかと真っ暗闇で発芽、生育するものだから、真っ白な肌のウドが生まれる。また、ウドはウコギ科で、朝鮮人参と同じ仲間だ。秋に咲く花をてんぷらにしたり、サッと湯がいて酢味噌で食べるとオツな味だ。たくさん食べるものではないが、珍味といっていい。そんな話を山形の庄内でしたら、ある人が、「子供の時に、親から毒だから食べるなと云われたが、食べられるのか?」と真面目に質問された。子供には食べさせたくない何らかの事情があったのだと思うが、うまい。