2012年04月14日

東京の府中市で、幕府のマクワ瓜畑・御瓜田復活の取り組みが動き始める。


府中市のビアハウスケンに勤める和田純一さんが、訪ねてきた。

これまで、府中市商工会の勉強会で、まち興しの資源を模索していたが、府中市には江戸時代に、幕府のマクワ瓜畑・御瓜田があったことを調べあげ、これまでマクワ瓜で地ビールや、パンを試作したという。

地域に伝わる「伝統野菜には、一つ一つ物語がある」、と常々言ってきたが、
こうなると、マクワ瓜にこだわりたくなるのが人情・・・。

和田さんから、江戸時代に伝わった、素性のはっきりしたマクワ瓜がないものかと、相談があったもの。



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写真、左から杉崎忠雄組合長、府中市の和田純一さん、学生グループ「いがねこ」の遠藤敦人さん


江戸のマクワ瓜は、甘いものが少なかった時代、「水菓子」と言われて、将軍はもとより、真夏に井戸で冷やされたマクワ瓜を江戸市民たちは好んで食べた。

上の写真をクリツクする。
現在、江戸東京野菜としては、中川流域(葛飾区)で栽培されていた、大振りの「本田(ホンデン)うり」(右上)が、足立区(内田和子さんが栽培していた)で見つかった。

また、小金井市の農家・島田さん宅に伝わっていた「黄金(コガネ)のマクワウリ(左下)」も見つかり、江戸東京野菜として認証されている。

当研究会では、15-6年前に府中で、マクワウリ栽培が行われていたことは確認しているが、その後は把握していない。
そんなことから、先日、府中市をテリトリーとするJAマインズの杉崎忠雄代表理事組合長にお会いして、現在、生産者がいるのか、栽培してくれるか、などについて協力を要請した。


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posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸のマクワウリ各種