2014年01月04日

小名木川のその先で切断された新川は、桜並木で整備が進んでいた。


昨年の11月に、砂村葱採種場があった辺りを歩いた時に、近くまで来たので、都営新宿線の東大島駅から荒川と中川を渡って次の船堀で下車して、新川の様子を見に行った。

天正18年(1590)、家康は、江戸に入ると、行徳の塩田から塩を江戸に運ぶために、小名木川を開削しているが、中川につなげた後は、そこから新川を開削、古川に繋げて江戸川に出ると、江戸川を遡り、本行徳から塩を積み込んだ。



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明治44年(1911)に、岩渕水門(北区)から、江東区と江戸川区の境を南に流れる荒川放水路(現荒川) が開削され、昭和5年に竣工した。
これにより中川や塩の水路・新川は、切断されて本来の役目は終わりを告げた。

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ヨシの茂る先に、首都高速中央環状線、その先に東京スカイツリーがそびえる。


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posted by 大竹道茂 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報