2014年01月30日

緑志会の皆さんと江戸東京野菜のバスツアーで、我が国農業のルーツを学ぶ。

 
Nツアーの工藤篤志さんからだいぶ前に、JAグループの全国組織で活躍する若手が、勉強会(緑志会) をしているから、そこで江戸東京野菜の話をしてくれないかと依頼されていた。

全国連の皆さんが、東京担当にならない限り東京の農業について勉強する機会もないだろから、これは、ありがたいことで、喜んでお受けした。

工藤さんは、グリーンツーリズム事業課だから、過去にも、全国各県から見えた方々に江戸東京野菜の話を聞いていただく機会を何度か作っていただいた。



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当日は、同課の前場大樹さんが担当してくれた。
講演会場は、秋葉原のNツアー本社。
9時半から1時間、『江戸東京野菜に学ぶ』と題して話した後はバスツアー。

初めは江戸川区鹿骨の木村重佳さんの畑に直接向かう予定だったが、江戸への野菜を運搬する舟運の地、万年橋を渡って隅田川テラスに立ち寄った。

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徳川家康が江戸のまちづくりで取り組んだ一つが、兵糧としての塩を確保するため、行徳(千葉)の塩田から江戸に運ぶ運河を小名木四郎兵衛に命じて開削させた。

その後、幕府は、江戸を水害から守り、流域の湖沼を新田にするため、利根川を付け替える東遷事業により、銚子に流すようにした。
東北の物資はそれまで房総沖を回って江戸湊に運んでいたが、銚子から穏やかな内陸に入り、千葉県北西の関宿まで遡り、そこから江戸川を下って、塩の道・小名木川を通って物資は江戸に入るようになった。
小名木川は、中川や江戸川を介して、周辺農村の農産物を江戸の市場に運び込む流通の大動脈としても発展していく。

その小名木川が隅田川にそそぐ所に、浮世絵にも描か晴れた万年橋が架かり、かつてはそこから富士山が望めたようだ。

万年橋の北岸には、川の関所「深川口人改之御番所」が設けられ、江戸市中に入る武器などや、江戸から出ていく大名家の婦女をチェックしていた。

また、芭蕉がこのあたりに住み、ここから隅田川を千住まで舟で遡り奥の細道に旅立っていったと云われ、芭蕉庵史跡展望庭園からはダイナミックな隅田川の流れが見渡せ、ドイツ・ライン川に架かるケルンの吊り橋をイメージした清洲橋が視界に入ってくる。


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posted by 大竹道茂 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 食育・食農・講演会等