2014年08月08日
清水さんの、散水管理が良く、砂村三寸ニンジンの本葉が7月26日に出始めた。
NPO法人ミュゼダグリの納所二郎理事長が栽培管理をしている「江戸東京たてもの園」の小さな畑については、7月から新メンバーに清水博史さんが加わったことで、納所理事長はすっかり頼りにしているが、
清水さんもその期待に応えてくれている
小さな畑では、現在、砂村三寸ニンジンの他、内藤トウガラシ、シントリ菜が栽培されている。
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清水さんの、散水が良かったのか、7月26日、本葉が出始め、昨日の様子を写真に撮って送ってくれた。
荒川区の伝統野菜、初めて食べた「三河島枝豆」の味わいに感激。
荒川区の谷井千絵観光振興課長から久々に、写真添付のメールをいただいた。
今年の、3月にケーブルテレビで三河島菜の取り組みが紹介されたことを教えていただいたが、同区の取り組みは、近郊農村であった古き時代に思いを馳せる機会となって、区民の皆さんにとっても気持ちが豊かになっているようだ。

冬の野菜・三河島菜は、江戸の昔から、漬菜として有名だった。
これに対して、夏の野菜は、谷中ショウガに三河島枝豆が有名で、中でも、三河島枝豆は近代日本の食文化に、影響を与えていたようだ。
エダマメ研究会幹事で山形大学農学部の山形大学の江頭宏昌准教授が東京に来られた時に教えてもらったことだが、
明治の中ごろ、東京など都市部を中心に、ビールが普及していく時代の中で、野菜の生産記録を見ると、東京の大豆栽培が増加しているという。
大豆を若採りして「枝豆」で食べ始めたのは都市部で、新鮮な枝豆は荒川の農家が供給していたと、生産記録から読み取れ、ビールのつまみとして三河島枝豆が果たした役割が大きかったのでは、という。
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