2015年01月21日

農家の思いが詰まった「馬込半白節成胡瓜」と「馬込大太三寸人参」の種をお預かりした。


暮れの21日、江戸東京野菜コンシェルジュ育成講座の講師をお願いしている阿部希望さん(国立公文書館つくば分館非常勤職員)からメールを戴いた。
何でも、研究に必要な資料を戴くために、大田区の郷土史研究家・樋口和則先生に連絡を取ったところ、

大田区馬込で代々「馬込半白節成胡瓜」の種子を採り続けてきた河原雅春氏が昨年亡くなり、引き続き採種し、保存する方がいなくて困っている。
また、「馬込大太三寸人参」の栽培農家も、高齢化の中で今後種子を受け継いでもらう方を探していて、当研究会で引き継ぐことはできないかと云うもの。

貴重な遺伝資源の伝統野菜を引き継ぐことは、簡単な事ではないが、当研究会としては、重要な仕事だけに、やらせていただくと、阿部さんに返信していた。

その後、「馬込半白節成胡瓜」の種を採取していた河原家と「馬込大太三寸人参」を継続採種していた方から、タネを託されていた樋口先生と連絡が取れ、自然石に発祥之地が刻まれた碑のある西馬込でお会いした。






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馬込半白節成胡瓜 馬込大太三寸人参 発祥之地 高橋正夫書とあり

上の画像をクリツクすると裏には 「馬込半白節成胡瓜の由緒」と「馬込大太三寸人参の由緒」のパネルが貼ってある。

同石碑は、大田区の厚意により第二京浜沿いの「大田区立ライフコミュニティー西馬込」の敷地内に設置されていて、平成8年同施設で、JA東京大森(現JA東京中央)の主催で建立祝賀会が開催されたが、私も招かれ記念写真が残っていた。
写真左からJA東京大森の河原久雄参事、高橋正夫組合長、JA東京中央会梅澤幸治参与と筆者だが、皆さん鬼籍に入られた。
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posted by 大竹道茂 at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報