2015年04月20日

中川流域、本田ウリ栽培復活の地を求めて、立石熊野神社と、葛飾区立本田中学校を訪ねる。


1997年(平成9年)に、JA東京グループ(旧葛飾農協) が、記念事業として農業にゆかりのある神社に「江戸・東京の農業屋外説明板」を建立したが、現役時代に、この企画を提案し実現した思い出のものだ。

提案は良いがどこに建てる、となった時に、神事は農業と深いかかわりを持っていると、東京都神社庁に依頼して、都内のゆかりの神社にお願いする機会を得て、建立させていただいた。

農業説明板の一覧表は、JA東京グループのホームページに掲載してある



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1830年(文政13年) の随筆「嬉遊笑覧」に「本所瓜美味ならず、本田瓜という形甚大なり」とある。

かつて、中川が、右に左にうねりながら悠々と流れていた時代、現在の葛飾区青砥の南部、立石、東立石、四ツ木、、東四ツ木、辺りを本田と呼んでいた。

本田で収穫された野菜などは、中川河畔から船で下り、中川口で小名木川に合流、そこから西に、本所を通って隅田川に出てから、上流の神田市場、下ると京橋大根河岸に荷を納めていた。

2009年8月に、探していた本田(ほんでん)ウリが足立区で見つかった。
そのことは当ブログで紹介している。
この事は、NHKニュース7でも紹介されたし、新聞にも大きく掲載されている。

上の画像をクリックする
立石熊野神社は、平安時代中期の長保年間(999〜1003)に、陰陽師阿部晴明により勧請されたと伝えられ、立石村の鎮守社だったと云う。

参道の突き当りが中川にそそり立つ護岸に突き当たる。
神社境内の脇には、熊野幼稚園遊楽園があり、園児たちがポニーや植物に触れるような施設になっていた。


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posted by 大竹道茂 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸のマクワウリ各種

「農の生け花」活動記録集が、八王子市川口地区の農家女性グループ「のぎく会」が発行した。


昭和47年に発足した八王子市川口地区の農家女性の会「のぎく会」が43年を迎えたと云うので、記念誌が発行したと、会員の濱中洋子さんから送られてきた。

現在12人の会が、49頁カラー印刷の記念誌を出すことが、いかに組織の結束力があるかということだ。

のぎく会は長い歴史の中で平成6年から「農の生け花」を活動の中心に据えたことで、活動が格段に発展した。
当ブログでもその活動は紹介している。


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上の画像をタップすると作品集。
10数頁を割いて、会員の思いの結集した作品が紹介されている。




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posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版物・メディヤ等の紹介