2015年11月19日

今年も荒川区立尾久宮前小学校の4年生が青茎三河島菜の栽培をしている


荒川区立尾久宮前小学校(伊藤英夫校長)の鈴木恵理栄養教諭から今年も4年生が青茎三河島菜の栽培をしているので、青茎三河島菜の話と地域の名前がついた江戸東京野菜について話をしてほしいとの、注文が付いていた。




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4年1組(野々村誠学級)36名の皆さん。

80センチもある滝野川大長ニンジン、葛飾中川流域のほんでん瓜、ぷっくらして赤い早稲田ミョウガ、大根のようなカブは品川カブ、1bもある練馬大根、茎まで白い亀戸大根、太さが寸胴の大蔵大根、半分白いから馬込半白キュウリ、そして伝統小松菜と、生産地の名前が付いた野菜の中でも形などが珍しい野菜を映像で見せた。

名前は誰が付けたのか?、
現在では生産者や種苗会社が売りやすい名前を付けますが、昔は生産者は栽培いするだけで、出荷された市場で、産地を区分するために、産地名で呼んだのが広まり定着したもので、産地の名前が付くようになったと・・・。

よその県にも伝統野菜はありますか?、と云う質問。
全国どこの県でもその地区の気候風土で育まれた野菜があります。
江戸東京野菜の多くは、江戸時代に全国から江戸に集まった野菜で、江戸の気候風土の中でさらに良い物ができました。
練馬大根や、滝野川ゴボウ、三河島菜は全国に種が持ち帰られたもので、三河島菜は仙台伊達藩の足軽が持ち帰り、仙台芭蕉菜としてつくられていました。

何で栽培されなくなったのかと云う質問もあった。
伝統野菜は揃いが悪いことから流通に乗らなくなったことを説明したが、三河島菜の場合は関東大震災で荒川区の農地は被災者の住宅用地等に全て代わり、昭和の初めに白菜が普及したことから栽培されなくなりました。

授業の終わりに、鈴木栄養教諭から、今度大蔵大根を給食で出しますと伝えると、生徒たちから「楽しみ!」の声が聞こえた。



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posted by 大竹道茂 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 里帰りした三河島菜