2017年02月04日

明日5日(日)、NHKニュースおはようニッポン「旬体感」をご覧ください。

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7時台の「旬体感」で、江戸東京野菜を栽培する農家の生き様を紹介。
posted by 大竹道茂 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版物・メディヤ等の紹介

先日、同級生が集まって新宿のいつものところで、友人の偲ぶ会が行われた。



JR飯田橋駅東口を出た目白通り沿いの飯田橋4丁目に、飯田橋散歩路の標識があり、「東京農業大学開校の地」が立っている。

明治18年、旧幕臣の子弟教育として設立された徳川育英会の会長に就任した榎本武揚は、徳川育英会を母体とする育英黌を設立して管理長になった。
育英黌には農業科・商業科・普通科の3科があったが、のちに農業科は独立して、わが国初の私立農学校である東京農業大学となっている。

榎本武揚と云うと、晩年は向島に引きこもり、住居跡等、ゆかりの地が多く家綱の御前栽畑を見に行った時に銅像があった。






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千代田区飯田橋4丁目に立つ碑文には
「明治二十四年(一八九一)、 この地、旧東京市麹町区飯田町河岸十番に東京農業大学の前身、育英黌農業科が、徳川育英会により設立されました。初代黌主は榎本武揚でした。
明治二十五年(一八九二)、現在の中央線である 甲武鉄道の新設工事, また農場用地取得のため 大塚窪町に移転しました。」とある。

因みに、大塚窪町は文京区の「教育の森公園」あたりで、1.28ヘクタールの農地を取得、校舎は、大根踊りの詩にもある「青山ほとり常盤松」、渋谷の常盤松御料地に移り、明治44年に私立東京農業大学となった。

その後、戦火により校舎は焼失し、戦後の昭和21年に現在の世田谷にキャンパスは移転した。


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posted by 大竹道茂 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報