2017年06月27日

テーマ「ルレ・エ・シャトーが目指すサステナビリテイ」に呼応して、江戸東京野菜の思いを語った。


「ルレ・エ・シャトー日本・韓国支部」のプレスイベントが、23日(金)11時から、四ッ谷のオテル・ドゥ・ミクニに、メディア&オピニオンリ−ダーなど、40数名を招いて開催された。

テーマは「ルレ・エ・シャトーが目指すサステナビリテイ」。

昨年の11月30日に明治記念館でルレ・エ・シャトー東京大会が開催されたことは、当ブログで紹介したが、世界各国からメンバーやご家族がお見えになって日本を堪能されたようだった。

現在、世界60か国に550のメンバーがいて、日本には厳選された20軒のメンバーが存在する。
日本の第1号が、オテル・ドウ・ミクニだという。




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この度のイベントのために来日された、ルレ・エ・シャトーの
ジャン・フランソワ・フィレCEO 


イベントは、伊藤宏和氏(オーダス社長)の司会進行で始まった。
2014年にパリユネスコ本部にて発表した、ルレ・エ・シャトーのヴィジョンがあるが、これは、メンバーのバイブルとなっている。

今回は、この中で「食とおもてなしによる、より良い世界を築く。」をスローガンとして掲げている。

ヴィジョンを実現するため、ルレ・エ・シャトーメンバ−にとって重要な行動のひとつ、「地域との共存、地域への貢献、地域の活性化」につて。

三國シェフ、音羽シェフ、田邊シェフ、山口シェフ、齊藤支部長から、地域の生産者と関りを持ち、今後その関係をどのように発展をさせたいのか、実際に生産者も交えながら、デイスカッションするイベントを企画したのだいう。





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〜12時00分からトークショー
司会の伊藤氏からトップに指名されたのが三國清三シェフで、江戸東京野菜との出会いについて話された。
2004年にソトコトの企画で、東京の農家と生産物を知り、

2009年に、ミクニマルノウチのオーブにあたり、東京の地産地消をテーマにするので初めてお会いしたと、私を紹介していただいた。

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10分弱のパワーポイントを作って、説明をさせていただいた。
東京の農業の実態から始まり、江戸東京野菜とは・・・・・、
固定種にこだわっていること・・・

現在45品目もあり、当日の食材として、
江戸東京野菜の
伝統小松菜・東京独活・千住葱・シントリ菜・寺島茄子、
そして東京シャモについても紹介した。

市場に多く出ている中国野菜と交配した小松菜と、伝統小松菜の違い。
粋な江戸っ子は「白首大根」などについても・・・・・・。






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三國シェフには、
江戸東京野菜や私の取り組みについてフォローして頂いた。

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最後に私に、なぜ江戸東京野菜に取り組んでいますかの質問に

江戸東京野菜は、
江戸からの食文化を今日に伝えるレガシー・生きた遺産で、
サステナビリテイとして、この時代に生きている者の使命で、
ルレ・エ・シャトーが目指ているところは一緒です。と〆た。




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音羽和紀シェフ(オトワレストラン・オーナー)が、栃木県のヤシオマスとの出会いについて。

栃木県は海なし県で、あるのは川の魚、鮎、マス、ウナギなどは使ってきたが、大きい切り身で生のまま安心して食べられる魚を探していた。

ヨーロッパでの修業時代に感じたのは、ヨーロッパでは土地への愛着が強く、マスも料理していたが、日本でも使いたいと思っていた。
栃木県が開発した三倍体の大型のマス・ヤシオマスに出会い、地元の食材は大切に思っていて10年以上にわたって食材として活用してきた。



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三國シェフは、日本人でアランシャペルに最初に学んだのが音羽シェフで、私は3番目。
四ッ谷にこの店を出す前、何度も音羽シェフを訪ねアドバイスをもらった、尊敬する先輩ですと紹介した。

日光市で、ヤシオマスを養殖している(有)大滝の山越祐二社長が紹介された。
はじめはヤシオマスが、高いレベルの料理に使われると思っていなかった。

地の利を生かしていい魚を作りたいと思ってやってきたが、音羽シェフに使ってもらうようになって、今まで以上にプレッシャーを感じながら、安全で美味しい、癖のない魚をつくろうと取り組んでいます。




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山口シェフは、神戸北野ホテルの総支配人で総料理長。
そして、「ルレ・エ・シャトー日本&韓国支部」の副支部長をされている。

ルレ・エ・シャトーのヴィジョンについてその経緯を説明
副会長オリビエ、ローランジェシェフが2014年のルレ・エ・シャトー60周年で提唱し決定したもので、

素晴らしい食材があって、料理人たちの想像力が掻き立てられる。
そのような食材がなければ、料理人は育たない。
生産者を守る、既存の食材を守る。
食の文化を継承して次世代を育てていく、

など、ヴィジョンは20項目にまとめられている。






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写真左の田邊シェフは、先輩から習ったものを次の世代に伝えていく一つとして
野菜を育てるために必要な受粉を、蜂を使っておこなっていて、

そこから、得られたハチミツを利用している。






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山田康秀ソムリエがシャンパンを注いでくれた。

12時00分〜12時30分
ドンデンーカフェでシャンパン+フィンガーフード1品

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お料理が出るまでの時間を、カフェミクニズとの間の中庭で、皆さんはチーズ菓子とシャンパンの「テタンジェ ブリュット レゼルヴ」をいただいて寛いだ。

三國シェフが今日使用する食材の江戸東京野菜を、皆さん写真を撮られていた。

司会進行の伊藤宏和氏と、ルレ・エ・シャトー 日本&韓国地区の神谷由紀子ディレクター(左下)

中庭では、レストラン・シエル・エ・ソルの村川愛子マーケティングマネージャー、ホテル・シャーナリストのせきね きょうこさん、Discover Japanの今智子副編集長、家庭画報の古屋留美課長代理と名刺交換をさせていただいた。

上野でお話は聞きましたと、トラベルジャーナリストの寺田直子さんに呼び止められた。
今年1月に、鴎外荘でお会いしていた。ありがとうございます。





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上の画像をタップするとメニュー







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 12時30分〜14時 ランチョン ー 4品
始めに、齊藤忠政支部長が
我々、ルレ・エ・シャトーは、ホテルとレストランの組合組織で、蒙家を優先するのではなく、どうやって地域の伝統文化を・・・、生産者が儲かる仕組みをどうやったら作れるかをメインに考えている組織です。
持続可能にお料理などを通してメッセージを伝えていくことを大きく考えている団体です。・・・・・

とご挨拶し、乾杯のご発声となった。

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テタンジェ ブリュット レゼルヴ
(プリファード・パートナー)

福光屋 加賀鳶 純米大吟醸 藍
酒蔵では初、現在日本では唯一のプリファード・パートナー
になったと加賀鳶を紹介した利岡祥子常務。

信州 カべルネ ソーヴイニヨン







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前菜
ヤシオマスのショーフロワ 栃木の初夏(音羽)
           
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音羽シェフがお料理の説明

今日のお料理は、息子から手を触れないようにと云われておりまして、息子の料理です。
最近は、息子たちに責任を持たせるように心がけています。

春菊とホウレン草、小松菜でクリームソースを作り、ヤシオマスの上にかけています。
ヤシオマスは38度で火を入れています。

野菜は宇都宮近辺の野菜を使っています。
グリーンアスパラには、ミョウガのソースがかけてあります。






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ルレ・エ・シャトーのビジョンの実銭として、音羽シェフのお子さん3人(息子さん2人とお嬢さん)は同レストランで働いていて、持続可能な発展に向けて、次世代に繋いでいる。

音羽オナーの次男音羽創シェフと、長男で支配人の音羽元シェフが、オーナーの見守る中で、一つひとつ心を込めてお料理を作っていた。

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ステージでお料理の紹介をした後、我々のテーブルの脇を音羽シェフが通りかかったので、お願いして・・・・・

写真右から、同席のサッポロビール潟純Cン事業部 北河智幸シニアマネージャー、JALグループ機内誌アゴラ水崎彰子副編集長、音羽シェフ、エッセイストの岡田有加さん、Nile’sNILE深山晃美副編集長、






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魚は、オマール海老
オマール・ブルーとキャベツのニョッキ“味覚のパレット仕立で’
兵庫の食材とフランスへのリスペクト(山口)
             

山口シェフのお料理の説明
ブルターニュ産のオマール海老を使いました。
兵庫県産のマンゴーのチャッネ、玉作のキャベツで作ったニョツキ、
オマール海老の尻尾の部分をローストして
兵庫県産のタラの芽を合わせました。

キャベツは乾燥させましてバニラ風味のオイルがかかっている。
透き通った板状のものは、
奈良の本葛を乾燥させてパリパリした食感をお楽しみください。

左にありますのが、
ブルターニュ産オマール海老でしかできないコラーユのソース。

オマール海老のジュース(煮詰めたもの)です。
ごゆっくりお召し上がりください。

重視したのは、香りです。
皆さんは、味覚センサーを33お持ちです。
甘味、酸味、塩味、苦味、旨味、
甘味は1つ、酸味2つ、塩味は2つ、旨味は3つ、
苦味は25もあり、料理人にとっては危険信号です。

香りセンサーは、皆さん350から400お持ちです。
皆さん味と思われている8割は香りと云われています。

歯ごたえ、食感、音も、色彩も重要な要素です。
音羽さんがグリーンでしたので、赤くしてみました。






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東京軍鶏のプレゼ、江戸東京野菜
(伝統小松菜・東京独活・千住葱・芯取菜・寺島茄子)添え
あきる野・木桶仕込の蔵作り醤油の薫り(三國)

                
あきる野のお醤油(キッコウゴ・近藤醸造)をゼリーにしてあります。

寺島ナスは焼いて、
伝統小松菜・東京独活・千住葱・芯取菜はソテーにしてあります。
その上にトリフと、ナスの皮はコンヒィーにしてあります。
65度で20分真空で加熱してあります。
ソースは東京シャモの肉汁で作りました。






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デザート
ヴアシェランと乳酸菌のエスプーマ 
ジャスミンとアカシアの蜂蜜のアイス
マンゴーのムースと蜂蜜のソース(田邊)

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松本城周辺を飛んで集めた貴重な蜜ですと紹介し、お土産としていただいた。

               



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コーヒーとフルーツ

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シェフの皆さんお揃いで、お客様を見送られた。

追伸

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スタッフとして厨房で料理を作ったシェフの皆さんが、大きな拍手で迎えられた。

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写真右から、三國シェフ、 上野綾華シェフ(ヒカリヤニシ)、音羽創シェフ(オトワレストラン)、音羽元シェフ (オトワレストラン支配人)、音羽シェフ、田邊シェフ、飯野昌洋シェフ(神戸北野ホテル)、山口シェフ、


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2017年06月26日

「まちなかだからこそ創りたい!」 “たもんじ交流農園” 〜ふれあう つながる まちづくり〜


「江戸東京野菜 寺島ナスセミナー」の3部は、“たもんじ交流農園” の創設について寺島・玉ノ井まちづくり協議会の牛久光次事務局長から、報告された。

これまで、多角的なまちづくり活動を展開してきた、寺島・玉ノ井まちづくり協議会については、振り返りとして2部でご紹介したが、




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2015年には、東京都産業労働局が実施した、「食と観光」をテーマにした、第11回 東京商店街グランプリに応募、グランプリは逃したものの、優秀賞を受賞している。

都内に数ある商店街の中でも、江戸東京野菜の「寺島なす」を使った取り組みが、評価されたことは、普及に携わる一人として喜ばしい限りだ。





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牛久事務局長は、引き続き現在計画が進行しているのが、“たもんじ交流農園” の創設で、地権者の多聞寺
、地域の皆さんに喜んでいただけるならと、承諾をいただいていることから、

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食育、環境、福祉、防災、商店街の活性化、地域連携など、団体、個人、行政が連携する社会的要請から、墨田区の支援事業に乗せようと、「すみだの夢応援助成事業」に応募したという。

牛久事務局長からは、これからも江戸東京野菜の指導につて協力要請があった。



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最後に、東向島駅前商店街振興組合の元会長坂本武彦さんがご挨拶をして、〆られた。

今回も、会場で初めての方との出会いがあった。
かえるのトンネルの田村風来門代表、鉄板焼きBer7の須田信彦店長、鞄結档tードの塚越将童常務、玉ノ井プラザあゆみの舎の石田裕人所長、伊藤智昭中小企業診断士の皆さんにお会いした。

追録


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閉会後の話だが「たもんじ交流農園」のイラストが、交流がわかりやすいので、何方が描かれたのかを阿部敏さんに伺うと、かえるのトンネルの田村風来門さんを紹介してもらった。

協議会メンバーで、「かえるアート&絵本カフェ」のオーナーで、絵本を書いていて、寺島ナスの絵本を出したいという。

現在、絵本塾出版の尾下千秋社長が日本の伝統野菜のシリーズを進めていて、江戸東京野菜についても、物語が出来つつあり、それに「寺島ナス」も加えたいと伝えると。絵本塾出版の屋上菜園で江戸東京野菜を栽培している事をよく知っていて、

四谷菜園の会に、田村さんが指導する絵本のお弟子さんが、参加しているのだという。
ご縁を感じた瞬間だ。


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2017年06月25日

「江戸東京野菜 寺島ナスセミナー」の開催で、寺島・玉ノ井まちづくり協議会から招かれた。


東向島の皆さんは、かつて寺島と呼ばれていた地域名のついた「寺島ナス」に愛着を持って皆さんで栽培しているが、

このほど、「江戸東京野菜 寺島ナスセミナー」として、改めて「寺島ナス」の復活についての話をしてほしいとの要請を受けて、大雨の予報の中、東向島に伺った。

少し早めに東向島の駅に着いたので、駅前商店街が、東武鉄道の了解を得て、同社が設置した大型のプランターに植えられた寺島ナスを見て回ったが、

今回の企画の主催者・高木新太郎会長と、青果商の阿部敏さんが待っていて案内していただいた。





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駅前のキャラクター「寺島なす之介」の植わった舟形のプランターでもすでに、ナスが実っていた。

各プランターを見て回ったが、坂本せんべいの坂本武彦さんを中心に地元の皆さんの管理もよく、のびのびと生育していた。

寺島ナスの資料も貼ってあった。


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2017年06月24日

2017年06月23日

「とうきょう特産食材使用店」登録制度活用術ガイダンスが、東向島で開催された。


「とうきょう特産食材使用店」登録制度は、2010年から始まったが、142店まで増加したことから、2012年から冊子が発行され、ネット上でも紹介されていて、店が詳細に紹介されることから参加店も増えていった。

このような中で、江戸東京野菜の寺島ナスでまち興し、地域興しを行っている、「寺島・玉ノ井まちづくり協議会」では、寺島ナスが地域で栽培されるようになっても、

飲食店などの使用店が少ないことから、「とうきょう特産食材使用店」登録制度について、説明を伺い積極的に登録していこうと開催したもの。




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同協議会・高木新太郎会長(写真右) の要請で、東京都産業労働局農林水産部食料安全課の小寺孝治課長と担当の佐藤紀子さんがおとずれた。

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会場の東武鉄道博物館セミナールームには、かつての寺島地区・現在の東向島駅前商店街の皆さんなどが、大雨予報の中で集まられた。

小寺課長は、若いころには東京都農林総合研究センターで、野菜の技術屋として活躍された実績もあることから、寺島ナスの栽培上の注意まで話は広がり、参加者の多くが寺島ナスの栽培をしていることから、参考になったとの声も聞こえた。


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2017年06月22日

平成29年度 東京都農林水産業技術交換大会で、練馬大根の渡戸秀行さんが健闘する。


平成29年度 東京都農林水産業技術交換大会が、20日、新装なった東京都農林水産振興財団講堂に都内の若手農業者を始め、関係機関など70余名を集めて開催された。

当日の早朝、練馬区平和台で江戸東京野菜の栽培をしている渡戸秀行さんから電話があり、急な話ですが、と前置きして、今日、振興財団で行われる技術交換会に出場します。と云う。

何でも、昨年立ち上げた「練馬大根2020東京オリンピック出荷研究会」を代表して、乾燥した練馬大根の商品化について報告をすると云う。

乾燥練馬大根の試食会に参加しているので、先約があったが、調整して会場に伺った。





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挨拶
 (1)公益財団法人東京都農林水産振興財団  産形稔理事長
    (2)東京都農業振興事務所   龍野功所長
    (3)東京都農業改良普及事業協議会 榎本高一会長

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2017年06月21日

東京會館 和食の総理長鈴木直登さんから、”「食の街道」を味わう 新・伝統食の宴”の案内をいただいた。



東京會館 和食の総理長鈴木直登さんから、”「食の街道」を味わう 新・伝統食の宴” を7月30日11時から、一ツ橋の如水会館で開催するという、ご案内をいただいていた。

2013年に「江戸の名工」として、鈴木直登総料理長が平凡社から「東京會館 おせちと節句料理」の出版された記念のパーティーのご案内をいただいたことがあった。

同年秋には 国の「現代の名工」に選ばれていて、翌年10月には東京会館ローズルームにおいてパーティーが行われ、

12月には、気の置けない者たちが集まるからと、お誘いもいただいた。






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現在、東京會館は、三菱地所が進める大手町、丸の内、有楽町の再開発計画により、建て替え作業が行われていて、鈴木総料理長は系列の如水会館で包丁を握っている。

お申し込みは上の画像をタツプする。
ご案内によると、鈴木さんが四條流包丁士として伝統の技「 四條流包丁式・蓬莱の鯛」を執り行い、

江戸東京野菜コンシェルジュ協会顧問の向笠千恵子先生が、トークで「食の街道」入門を語る。

江戸の頃の料理や、新感覚の伝統食がいただける。
posted by 大竹道茂 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | イベントの紹介

2017年06月20日

新宿区立柏木小学校の4年生が取り組んでいる江戸東京野菜の「鳴子ウリ」が雌花を付いた。


新宿区立柏木小学校(佐藤郁子校長)の4年生が取り組んでいる「鳴子ウリ」の栽培は、栽培指導をされている梶谷正義先生と、4年生の担任坂本敬紘教諭とのメールのやり取りが届いているので、その経過を紹介する。

梶谷先生
10日午後2時頃、新宿に出る用事がありましたので
鳴子ウリの様子を見に伺いました。

生育は順調ですが、次の点をお願いします。
 ・子供たちに分かりやすいように子ヅルに印をつけておきましょう。

 ・子ヅルは元気が良いものを3〜4本だけ伸ばし、
残りは親ヅルの付け根から切り取って下さい。
  伸びている子ヅルを全て残しておくと混雑して
風通しが悪くなりますので。

 ・残した子ヅルは出来るだけ間隔が開くように誘引して下さい。

 ・ネットへの誘引も同じようにして残した子ヅルを誘引して下さい。
  現在、ネットの裏側に伸びていますが、
このままにして置くとネットへの誘引がしにくくなります。

誘引のやり方が分からない場合は、ご連絡下さい。





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坂本先生は、梶谷先生の指導で、親ヅル、子ヅル、孫ヅルがわかるように、色分けしたモールで区別したようだ。

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16日 坂本先生
鳴子うりの子ヅルも成長してきていたので摘心を行い、
ネットに誘引もさせました。
孫ヅルも生えてきています。

17日 梶谷先生
ご報告ありがとうございました。
これからは誘引に力を入れ、混雑しないようにして下さい。
雌花が着いてきたようですので、追肥をして下さい。
元肥としてまいた有機配合で結構です。
坂本さんお手で3握りほどを花壇全体のまんべんなくまいて下さい
敷きわらの上からまいて大丈夫です。
葉っぱにかからないように注意して下さい。
posted by 大竹道茂 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸のマクワウリ各種

2017年06月19日

朝日新聞の19日土曜版beの連載「みちのものがたり」は、日本の農業を支えていた”種子屋通り” 。 


4月末だったか、朝日新聞の大村美香記者が、土曜版のbeの連載「みちのものがたり」を担当していて、6月に巣鴨の地蔵通りのあたりを書くので、種屋の話を聞きたいと云うので、出先でお会いした。

取材を始めたばかりのようだったので、地蔵通りの入り口にある、江戸六地蔵尊の信号機の下に、平成9年にJA東京グループが建立した「江戸・東京の農業 旧中山道は種屋街道」 があることを紹介した。

種屋街道は、何度も歩いているので、紹介しやすい。



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上の画像をタップ、無料登録して全文をお読みください。


現在、種屋としては、日本農林社などが残っているので、近藤宏会長に昔の話を聞くといいと、アドバイス。

また、種屋の近代史を研究し、「伝統野菜をつくった人々」(農文協)を著わした阿部希望さんにも話を聞くといいと紹介。

私のことは、コンパクトに
 江戸東京・伝統野菜研究会代表の大竹道茂さん(73)はJA東京中央会在職中から30年来、江戸東京野菜の復活に取り組む。 「種をまいて育てて食べ、また種を採ってと繰り返して、江戸からつながる命は、まさにレガシー。次の世代に渡していきたい」と江戸東京野菜がこだわっているポイントを書いてくれた。

「種子屋通り」として、盛りだくさんの情報が詰まったページに仕上がり、新聞としては読みごたえがあった。
大村さんご苦労様でした。



posted by 大竹道茂 at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版物・メディヤ等の紹介

2017年06月18日

明治の初め北多摩の三鷹・府中あたりまでの村々が一時品川県に属していた。


先日、多摩地区が東京府に移管されて100周年を記念した25年前の日本酒が出てきた話を紹介したが、

改めて、神奈川県だった多摩地区が東京府に移管された経過を調べてみた。

それまで大名などが治めていた各藩は廃藩となり、新たに県が置県となった、いわゆる廃藩置県で、多摩地区の大部分は明治4年に新たに置県された神奈川県に編入された。

明治26年(1893)になって多摩地域は神奈川県から当時の東京府に移管されたが、移管について、政府の表向きの説明は、東京の飲み水である玉川上水の水源を管理するため、多摩地区を東京府に移管するというものだったが、背景には勢力を増していた多摩地区の自由民権運動があったようだ。



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しかし、ここに至る間にごたごたがあった。
慶応4年(1868)7月武蔵知県事に任命された旧代官松村長為の支配地域が後に品川県になる。

しかし明治2年(1869)、知県事は廃止され、代官や旗本の旧領は置県された品川県、韮山県、入間県、西端県となった。
多摩地区は、品川県、韮山県、入間県などに移ったわけだ。

多摩地区に品川県だったところがあると云うので気になって、品川区文化財係に教えていただいた。

上の画像をタップする
江戸末期に建てられた野崎村の名主吉野家が、小金井にある江戸東京たてもの園に移築されている。

松村長為の支配地域(幕府領)
本宿村、屋敷分村、府中宿ノ内・本町、府中宿ノ内・番場宿、府中宿ノ内・新宿、是政村、常久村、上染屋村、下染屋村、押立村(以上現府中市)  (◎府中宿の本町、番場宿、新宿、是政村で二代将軍秀忠が、真桑瓜の栽培をしている)

恋ヶ窪村、国分寺村、本多新田、内藤新田、戸倉新田(以上現国分寺市)、

上飛田給村、下飛田給村、上布田村、国領村、上給村、矢ヶ崎村、金子村(以上現調布市)、
覚東村、駒井村(以上現狛江市)、

大沢村、野崎村、牟礼村、上仙川村、中仙川村、野川村、北野村、上連雀村、下連雀村、井口新田、(以上現三鷹市)、
吉祥寺村、西窪村、関前村、境村(以上現武蔵野市)、
梶野新田、関野新田、貫井村、上小金井村、下小金井村(以上現小金井市)

松村長為の支配地域(旗本領)
小田分村、人見村、車返村(以上現府中市)、
上石原村、下石原村、布田小島分村、下布田村、深大寺村、給田村、 (以上現調布市)、

以上が品川県になったが、明治4年(1871)11月13日,廃藩置県に伴い品川県を始め、韮山県、入間県、西端県は2年で廃県となってしまい、

12月5日には,多摩地域のうち(のちの東多摩郡の地域)中野村ほか54町村は、東京府に編入となった。
多摩地域の大部分(現在の三多摩地域)は神奈川県に移管された。
明治政府の混乱ぶりがよくわかる。

因みに、多摩地域は、明治11年に西、南、北、東の郡として制定、東多摩郡も存在していたのだ。

東多摩郡は、明治22年町村制の施行により野方・中野・和田掘内・杉並・高井戸・井荻の6村となる。
29年4月1日,東多摩郡は、南豊島郡と合併して豊多摩郡に編入し,東多摩郡という郡名は廃止となった
現在の中野・杉並両区の地域だ。

さて、神奈川県に移った三多摩だが、それで終わらず明治26年(1893)、神奈川県から当時の東京府に移管されたのだ。

品川県は現在の港区、渋谷区、新宿区内の一部なども入っていたから、今度は23区内も調べてみたい。



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2017年06月17日

檜原村の伝統野菜「おいねのつるいも」を求めて特産物直売所「やまぶき屋」まで行ってきた。


これから夏に向かってのイベントがいろいろあるが、そこで使う食材を今から探しておこうと、準備を始めた。
7月中下旬、都庁の食堂で行う〜江戸東京野菜を食べよう〜、8月8日9日の更科堀井での江戸そばとのコラボ、

その食材の一つに檜原村の伝統野菜「おいねのつるいも」が候補に挙がったので、産地に行ってきた。

昨年7月にも来ているが、笹野地区にある「ばんば特産物直売所」はまだ空いていかったので、その先にある檜原村観光協会の特産物直売所「やまぶき屋」まで足を延ばした。




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お店には、平野貴志子さんが店番をしていた。
ジャガイモはいつ頃入荷するか、訪ねると、新ジャガは入荷しているという。

黒いネットがかけてあったので気が付かなかったが、きたあかり、男爵と並んで、
「おいねのつるいも」も入荷していた。

「おいねいも 37 吉村光雄 栢木野」とあった。
平野さんに聞くと、吉村さんは毎年早くできるという。

上の画像をタップする
早速「おいねのつるいも」を大きい玉のと小さい玉のを2袋買い求めた。

平野さんに「檜原には "昔のキュウリ"という伝統野菜があったが・・・」と、聞くと「何人かが栽培していて、吉村さんがタネを採って栽培しているから7月には出荷される」と教えてくれた。


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2017年06月16日

インターネットジャーナル社の「経営者情報交流会」で日本ソフケン飛田和社長による「フルボ酸について」が印象に残った。


食の最新情報を報道するインターネットジャーナル社では、食品サポート連合の「経営者情報交流会」を毎月開催している。
6月の交流会は13日に、神田の学士会館で行われた。

同社の情報発信は、動画でも行われ、当ブログの右の欄「動画」には
最新のもので「粋な江戸東京野菜フェア」、「駒形どぜう江戸文化道場」、「のらぼう祭り」を取材いただいた。

コメンテーターによる「食品トレンドを知る、学ぶ」では、ソフトプレーン・フィールド褐レ問の鈴木貞夫氏による「人生・百年時代を知る・学ぶ」。 

鈴木氏は、フードボイスのブログで、元気商人塾の連載をしている。



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今回、会員による「我社のマーケテイング戦略」で、プレゼンをされた、日本ソフケンの飛田和義行社長による「フルボ酸について」が印象に残った。

フルボ酸は、生物に必要な二価鉄の酸化を抑え、安定化して運ぶことができる。
農業の分野での活用が大きいと認識した。


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2017年06月15日

多摩東京移管百周年を記念した清酒「東京銘醸倶楽部」が琥珀色になって出てきた。


使い勝手が悪いからと、家内がキッチンをリフォームすると云うので、食器棚から縁の下の収納スペースまで整理をしていたら、琥珀色に変色した日本酒が出てきた。

樽に入ったワインの場合、熟成の過程で目減りする分を、「天使の取り分」と呼ぶそうだが、ガラス瓶の中だからか、味の方は期待できない。
ボトルを揺らすと底に僅かにたまったオリが舞い上がった。

このボトル、清酒の「東京銘醸倶楽部」で、ラベルによると、多摩が東京に移管して100周年を迎えたことを記念した事業で、東京都酒造組合が都内14の酒蔵から、各吟醸しを一堂に集めて、これを均等に混和したものだとある。

各酒蔵の味わいが渾然一体となって、世にも稀なる妙酒になった。と云う。

製造は石川酒造が担当し、製造は93年10月となっているから25年前の日本酒だが、ラベルは色あせていない。

丁度、10月2日に、記念イベントとして行われたシンポジウムにパネラーとして、出たこともあり、記念に買い求めたと記憶している。

江戸東京野菜コンシェルジュの講座て、江戸東京の地域を説明するなかで、多摩地区はかつて神奈川県だったと話すと驚く方が多い。



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私は基本ビール党だから、そのうちに飲もうと思っていたが、いつまでたっても飲まないものだから家内がしまい込んでしまったようだ

上の画像をタップする

「限定記念ボトル1893年」と、多摩が東京に移管された年号が入り、
多摩21くらしの祭典「VOICE93」の文字も・・・

嘉泉(福生・田村酒造)、喜正(秋川・野崎酒造)、澤乃井(青梅・小澤酒造)、丸眞正宗(北区・小山酒造)、千代鶴(あきる野・中村酒造)、日出山(八王子・中島酒造)、粋悦(青梅・大多摩酒造)、月丸(八王子・西岡酒造)、吟雪(武蔵村山・渡辺酒造)、金婚(東村山・豊島屋酒造)、多満自慢(福生市・石川酒造)、桑乃都(八王子・小澤酒造)、国府鶴(府中・野口酒造)、鳳櫻(狛江・土屋酒造)

東京都酒造組合加盟の14の銘酒が記されている。

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2017年06月14日

「平成29年度 とうきょう特産食材使用店」の募集が始まった。


東京都では、地産地消を拡大するため、東京産の農林水産物を積極的に利用している飲食店の募集が始まった。

「平成29年度 とうきょう特産食材使用店」に登録されると、登録証と木製ボードが提供され。
ガイドブックに掲載されて、各方面に配布。

さらに、東京都のホームページ゛で紹介される。




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上の画像をタツプする
「平成29年度 とうきょう特産食材使用店」の募集が始まった。

登録一覧表はここにも

申込書は7月4日必着。


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2017年06月13日

1979年撮影の映画「東京農業と都民の暮らし」のビィディオが出てきた。


先日、NHKアーカイブスに、本棚の奥から出てきたカセットビィディオを送ったことは、紹介した。
その中に、1979年に撮影した映画「東京農業と都民の暮らし」が入っていた。

 当時、都市に農地はいらないとする国の政策・農地の宅地並み課税によって三大都市圏をはじめとする、都市農家は厳しい立場に置かれていた。

 東京の農業は多岐にわたる都民の需要に応え、新鮮な野菜や畜産物、あるいは花などを供給し、また、観光農園・市民農園で農業に参加するなど自然にふれて頂いていた。

その農地は緑やオープンスペースとしての機能もはたしている。

 このような東京農業を知って頂こうと、農業者全員が費用を出しあって制作したものだ。

 

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映画の製作は、全国農村映画協会で、撮影は1979年7月の夏果菜のトマト、ナス、キュウリから始まり、秋冬産野菜、

さらに翌年の春まで、東京で生産される農産物の栽培形態、収穫の秋祭り、市民農園、花木の栽培、畜産等のほか都市農業の多様な形態、

さらに地域コミュニティーと都市農業とのかかわりなどを、本都41区市町村で撮影したもので、38年前の東京の農業だ。

編集とナレーションなど音入れは、麻布の「あおいスタジオ」で行われ、私と農業会議の原修吉さんが編集作業に加わり、画面を見ながらナレーション原稿を修正、加筆、時には納得がいくまで議論を交わし、2日間で完成にこぎつけた。

この映画は多くの都民に見てもらうため、都段階では16ミリフイルムやビデオテープにして、国会図書館をはじめ都立中央図書館や日比谷図書館及び関係方面に幅広く寄贈し、活用方を図った。

上の画像をタップする。
昭和54年(1979)、東京の農地面積は13.900haだったが、34年後の2013年の農地面積は半分の7.404ha(農林水産省調)になってしまった。


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2017年06月12日

2017<特別講演>ベテラン農家は語るvol。1は【早稲田ミョウガ】の第一人者、井之口喜實夫さんが登場。


2017<特別講演>ベテラン農家は語るvol。1は【早稲田ミョウガ】の第一人者、井之口喜實夫さんが登場です。
井之口さんには、昨年のコンシェルジュ育成講座での講演が好評だったことから、多くの皆さんに聞いていただこうと、開催するものです。


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お申し込みはここから
posted by 大竹道茂 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | コンシェルジュ協会事業

2017年06月11日

神楽坂の天麩羅「天孝」で、二代目に江戸東京野菜の「川口エンドウ」を揚げていただいた。


今年の4月に、三國清三シェフの勉強会が、ラー・エ・ミクニで行われたとき、久しぶりに「天孝」の二代目新井均さんにお会いしたことは、当ブログで紹介している。

「八王子の川口エンドウが採れる頃、福島さんと伺います」とお伝えしていた。

当然、多摩・八王子江戸東京野菜研究会の福島秀史代表にも伝えたことから、川口エンドウの ”走り” の時期に、試食用に送ったとか。

その後、使っていただいているとの報告があったことから、ランチタイムに食べに行くことで、福島代表に二代目との日程調整をしてもらっていた。

川口エンドウの収穫は1ケ月持たないので、”名残” の時期になってしましたが、念願の「天孝」に伺うことができた。




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ラー・エ・ミクニでお会いした時、二代目から「福島さんにお世話になって今年、八王子しょうがのジェラードを使いましたが、好評でした。」と、報告をいただいていていたが、

日本橋「ゆかり」の三代目野永喜三夫さんに、江戸東京野菜を始め、東京の食材について紹介されて、ジェラードも使ってみたという。

上の画像をタップする
11時半の開店早々に、お店に伺ったが、格子戸を開けると、打ち水がしてあって、ガクアジサイが咲き、そこには粋な神楽坂が残っていた。

この一角に「新天孝」と「あら井」をビルの中に出店している。
この店では伝統的な食材を、新しいお店では、新しいメニューを開発しているという。



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2017年06月10日

江戸東京野菜を使った料理創作に余念がない料理研究家の齋藤朝子さんは、「武蔵野の月」を試作。


練馬区、板橋区を中心に料理教室で指導している料理研究家の齋藤朝子先生(江戸東京野菜コンシェルジュ)は、江戸東京野菜を使った料理研究に余念がないが、

このほど内藤カボチャで新たなレシピを考えたと、内藤カボチャの栽培農家・加藤晴久さんとJA東京あおはの大泉支店で待ち合わせて、加藤さんに食べてもらったとメールか届いた。





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(仮称)「武蔵野の月」
武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ の古歌に因んでつけてみました。
一般的には「江戸東京野菜のお焼き」の方が良いとも考えますが。

江戸東京野菜は季節限定の野菜ですから、材料が全てこのまま揃うとは思いませんが
今回の産地は様々ですが作ってみました。

<材料>
練馬産地粉  内藤南瓜(皮を剥いて裏ごししたもの) 内藤唐辛子(刻んで) 少々
雑司ヶ谷茄子(1cm角) 練馬大根切り干し(戻してみじん切り) 谷中生姜(みじん切り)  拝島葱(みじん切り) 早稲田茗荷(小口切り)

江戸東京野菜にはそれぞれ物語があります。野菜そのものと一緒にそれを育んだ大地、
江戸開幕以前、以後の歴史も学んでいく必要があると思います。

武蔵野新田と江戸の一体化に目をむけてくれる人を増やせば、自ずと江戸東京野菜が普及すると日頃考えています。
内藤カボチャを練り込んだ黄色い生地に野菜のあんを包んだら満月のように見えました。

古い歌が浮かびました。
「武蔵野の月」JAあおばの方々に食べていただきました。
見た目も練馬の野菜が沢山入れられるあんも美味しいと好評でした。本日は写真のみ、いずれお届けいたします。     齊藤朝子


とあった。
メールには詳細なレシピもついていたが、さらに研究を進められることを期待している。
posted by 大竹道茂 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 内藤トウガラシとカボチャ

2017年06月09日

NHKの「番組発掘プロジェクト」に1980年収録の「明るい農村」を提供した。


先日、NHKEテレ「2020 TOKYOみんなの応援計画」で、江戸東京野菜の取材をいただいたが、古い写真や、VTRなどがないかと、井出ディレクターから依頼があった。

学生時代の写真以外手持ちがなかったが、井出ディレクターは30年前のVTRをNHKのファイルから探し出して使ってくれた。

そう云えば、CDやDVDの時代になって10数年たつ。
デッキがなくなり見ることができなくなったビディオテープがたくさん残っている。

ビディオを購入したのは、最初、ソニーのベーターマックスだったが、その後録画方式はVHS方式が普及していったと云う変遷だった。
しかし、それ以前放送業界で使っていた初めてのカセットテープU−maticが、本棚の奥から出てきた。




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初期のカセツットタイプだから大型で、何方に録画して頂いたか記憶にない。

ラベルには 
明るい農村「どっこい生きてる東京農業」10分NHK
映画「東京農業と都民の暮らし」30分都市農政推進協議会
 
とある。

思い出すと1980年に、映画「東京農業と都民の暮らし」を制作した時に、NHKの早朝の人気番組「明るい農村」に出演した時の物で、仕舞い失くしてしまっていたもの。

上の画像をタップする。
話を聞くと、NHKアーカイブスでは「番組発掘プロジェクト」があり、

NHKが番組テープの保存を本格的にはじめたのは1981年(昭和56年)からでそれ以前のテープはないという。
デッキもなく見ることのできないものを持っていてもと、所定の手続きで、カセットとその時の台本を添えてNHKアーカイブスに発送した。


この映像はNHKのアーカイブに保存され、映像として使用されることがあるという。
posted by 大竹道茂 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版物・メディヤ等の紹介