2017年08月17日

雑司ヶ谷カボチャの畑で、改めて渡辺さんに受粉の仕方を教えていただいた。


武州豊島郡雑司ヶ谷村は江戸御府内に近く、雑司ヶ谷には鬼子母神があったことから江戸市民の信仰の場で、霊験著しく叶うとして日々賑わっていた。

境内では、野菜の苗物を売る市が立つなどしていて、近郷近在の農家が苗を買い求めていたことから、雑司ヶ谷の周辺では季節ごとに苗ものづくりも盛んだったようだ。

JA東京あおばの渡邉和嘉常務に伺うと、叔母さんが都電雑司ヶ谷駅前で、苗物を販売する店を出していたそうだが、

今日「雑司ヶ谷」の名で伝わっている野菜には、雑司ヶ谷で栽培されていたと云うより、雑司ヶ谷の苗物屋で購入してきたものだったケースも、珍しくはないようだ。

江戸東京野菜推進委員会の水口均さんの話では、千葉県富津の黒皮カボチャなどは、雑司ヶ谷で購入してきた「雑司ヶ谷カボチャ」と伝わっているようだ。

先日、雑司ヶ谷カボチャが実を結び、たくさん収穫ができたと紹介したが、採種の仕方を渡邉和嘉さんに教えていただいた。






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雑司ヶ谷カボチャの畑はまだ青々としていて、雌花が所々に見えていたが、雄花に比べれば多くない。

上の画像をタツプする
蔓の先端に近いところに、雌花を見つけた、開花にはまだ2日〜3日早いかと思うが、実際は明日花が咲くまでに蕾が膨らんだところで、袋をかけておき、次に雄花を探す。



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posted by 大竹道茂 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸東京野菜と生産者達