2017年12月06日

東京都農住都市支援センターの「江戸東京野菜めぐり」は、晴天に恵まれたバスツアー


「東京生まれの伝統野菜や青物市場の歴史を学び、亀戸大根と小松菜の収穫体験をして、江戸東京野菜を食してみよう!!」 で、ご案内した「江戸東京野菜めぐり」のバスツアー。

今年も大勢の方が応募をしていただいた。
9時半に、改築された「京橋大根河岸おもてなしの庭」に集合していただいた。




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京橋大根河岸は、もとは数寄屋橋のあたりに生まれた市が、火事になり、この地に移ってきた。
2014年6月に生誕350年の記念イベントを開催している。

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昨年は工事中で、京橋大根河岸の碑を見ることはできなかった、今年の3月、緑の環境デザイン賞の「おもてなしの庭」大賞を受賞した。

「この緑地は花と緑で観光客をもてなす優れたプランとして表彰され、誕生したものです、大都市で育まれた美しい花と緑で『おもてなしの精神』を世界の方々へ伝えていきたいと願っております。」とある。

工事の過程で、大根河岸の岸壁の一部(写真上中)が出てきた。
紅葉の小道を通って大根河岸の碑に向かうプロムナードも作られた。





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大根河岸から紺屋橋あたりを説明しながら、鍜治橋のバスターミナルへ移動し、Nツアーが用意したバスに乗車。

バスは、日本橋魚河岸跡から人形町、そして清洲橋を渡って萬年橋へ。

小名木川に掛かる萬年橋を渡ったところで下車。

川船番所跡
 川船番所(かわふねばんしょ)は幕府により設けられた番所で、萬年橋の北岸に置かれ、川船を利用して小名木川を通る人と荷物を検査しました。
 正保4年(1647)頃、江戸から小名木川を通り利根川水系を結ぶ流通網は、寛永年間(1624〜1644)にはすでに整いつつあり、関東各所から江戸へ運ばれる荷物は、この場所を通り、神田・日本橋(現中央区)など江戸の中心部へ運ばれました。

番所には、弓・槍がそれぞれ5本ずつ装備されていました。
 明暦3年(1657)の大火後、江戸市街地の拡大や本所の堀割の完成などに伴い、寛文元年(1661)中川口に移転しました。以後中川番所として機能することとなり、当地は元番所と通称されました。と説明板にあった。

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大きくうねる隅田川に、小名木川が注いでいる。
隅田川を左に下ると日本橋川や京橋川に・・・・。
右に上げ潮をに乗って上ると神田市場や千住市場に

                   



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荒川が隅田川と名を変える北区岩渕のあたりでは、洪水が多発することから、荒川放水路の工事が明治44年(1911) に着手され開削が始まった。

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これによって、中川口が閉ざされてしまった。
舟運による流通は鉄道の発達で変わっていった。





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高速道路の下に黒く火の見櫓のようなものが見えるが、あそこに繋がっていた。

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その先は新川が続いているが
徳川幕府は、利根川の東遷、荒川は西へと流れを変えたことから、東北からの江戸へのコメをはじめとする物資は、外洋を通らずに銚子から利根川を遡り、茨城の関宿から江戸川を下り、新川から中川口を通って小名木川に入る流れを利用していた。





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同神社の御鎮座は天智天皇4年(665)と云うことで1350数年の歴史があり、東京でも古い神社の一つである。

亀戸大根の農業説明板を亀戸の香取神社に建立したことで、地元商店街の後継者たちは、亀戸大根で町興しを始めた。
説明板の後ろには、間近にスカイツリーが見える。

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毎年、3月には地元小中学生が栽培した、亀戸大根を持ち寄って収穫祭が行われている。




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香取神社のご厚意で、社務所2階をお借りして食事をさせてただいている。

地元の飲食店「升本」では、境内に亀戸大根の石碑を建立したが、今回のツアーでは、升本の亀戸大根の入ったお弁当を食べていただいている。





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バスを駐車させた東京都農林水産振興財団に、お近くのは、中代正啓さんに来てもらい、亀戸大根の説明を伺った後、

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ハウスで亀戸大根1人3本の収穫体験をお願いした。
また、中代さんには、伝統小松菜のごせき晩生種を栽培してもらい、分けてもらった。




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江戸川の堤防脇にある篠崎の小島啓達さんのハウスで、小松菜の収穫体験。

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近くにはえどがわ環境財団のポニーランドがある。





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小島さんは地域にたくさんのハウスをもって小松菜を栽培しているが、すべてが交配種。
1人20本、袋いっぱいになった。

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小島さんは、都市農家として、小松菜栽培にかける思いを熱ぽく語った。





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最後の目的地は、新小岩の香取神社に建立された、農業説明板「小松菜」には、吉宗によって小松菜と名付けられたと同神社に伝えられている。

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同神社の脇を小松川・境川親水公園が流れている。

追録

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江戸東京野菜の応援団の1人で、香取神社参道の亀戸香取勝運商店街に店を出す発酵文化応援団(090−8809−1585)の主人喜連川覚さんから資料が送られてきた。

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散歩の達人11月号で、亀戸が掲載され、喜連川さんご夫妻も紹介された。

香取神社は、「スポーツに勝つ」、ばかリか「病気に勝つ」「自分に勝つ」等、勝ち守りとして信仰されてきた。

喜連川さんは暫く体調を壊していたが、香取神社の御利益で病気に勝ち、「勝運男」として、元気に復活したとのこと。
お店はまだ木曜から日曜までの4日間(18時半から23時まで)とのこと。

勝ち運男としてプロデュースした「勝運ビール」や「オリジナル手拭い」等商品開発も行っている。
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | イベントの紹介