2019年05月16日

国益無視の発言で、さらに遠くなってしまう北方領土、


北方領土のビザなし交流で、国後島に渡った国後島出身の団長大塚小彌太さん(89)に対して、団員として加わっていた日本維新の会の丸山穂高衆院議員(35歳)が、戦争で取られた島は戦争で取り返すしかないのでは、発言が飛び出した。

大塚団長の「戦争なんて言葉は使いたくない。」
丸山議員は「でも取り返せませんよネ!」

以下二人のやり取り
「戦争はすべきじゃない」
「戦争しないとどうしようもなくないですか」
「戦争なんて必要ないです。」・・・・・





1-1.JPG

1997年6月に「北方領土の返還を求める都民会議」の一員として参加したことがある。
同団には墓参のために同行した根室在住の濱田さんが、先祖に祈りをささげた。20数年も前の話しだ。

「令和」を迎えるに当たりテレビのインタビューで「どんな時代にしたいですか?」との質問に、多くの国民が「平和な時代であってほしい」と答えていたが、令和元年に「戦争で取り返す」発言。

そもそも「ビザなし交流」は、北方領土に眠る先祖の墓参がしたいという元島民の願いを、領土問題とは別に、ソ連との交渉で人道上から10年もかかって1964年に実現したもので、この場合、日本政府が発行する身分証明書による墓参となった。

しかし、ソ連は1976年に、ソ連の領土だからとパスポートとビザを要求してきたが、日本政府はソ連の領土とは認めないと拒否し墓参は中断。

1986年に11年間の交渉で、パスポートとビザ無し訪問が提案され、墓参は再開されて今日に至っているわけで、このビザなし交流の場で、戦争発言をするのか!


続きを読む
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報

鳴子ウリの定植作業を、村田さんの畑(練馬区大泉)ですると云うので出かけた。 の


先日、本会の渡邉和嘉さん(江戸東京・伝統野菜研究会副代表)から、大泉の村田千英子さんの畑で、鳴子ウリの定植作業をするからと連絡をもらったので出かけた。

この畑は、思い出の畑で、江戸東京野菜の練馬大根を練馬の子供たちに食べさせるにはどうしたらいいかと渡邉さんと考えて、2007年「第1回 練馬大根引っこ抜き競技大会」を行った畑だ。

亡くなった農園主の村田仙太郎さんが趣旨を理解してくれて、会場として練馬大根を植えてくれたもので、江戸東京野菜を皆さんに広めるきっかけとなった大会だ。

鳴子ウリの栽培も、渡邉さんを通して、酒井利博さんが2017年から栽培をしていただいていて、新宿御苑にも出荷しているし、柏木小学校の授業も参観いただいている。





1-1.JPG

上の画像をタップする
ポットひとつに、3粒のタネをまいたとかで、3本の親蔓が伸びていた。
雄花が咲いていたが、たっぷりと水をやった後、
1本を残して2本を切り取った。

鳴子ウリは、孫蔓に雌花が咲き、そこに鳴子ウリがなる。
8月の上旬が収穫期だが、楽しみだ。


続きを読む
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸のマクワウリ各種