2020年01月17日

江戸東京の伝統野菜と鹿児島の伝統野菜のご縁を田畑耕作先生に教えていただいた。   


練馬大根の取材依頼が1月になっても続いていて、先日もテレビで練馬大根を1月の中旬に取材をするというので、生産者に1月まで畑に置いといてほしいとお願いした。

中には2月になってから料理に使いたいという料理人もいて、早めに云ってくれれば、生産者にお願いできるのだが、練馬大根は12月に全部抜いて干し大根にするから、1月にはないのだ。

江戸東京野菜のお話をするときには、代表的な野菜として、練馬大根を事例にすると分かりやすい。

練馬大根は、五代将軍の綱吉がまだ右馬頭だった頃に尾張から取り寄せたと云われている。
練馬の桜台で栽培すると大きな大根が収穫できた。その後、江戸では沢庵漬けとして普及し始まると、練馬大根の「タネ」は江戸土産として全国に持ち帰られたというストーリー。

その一つが、遠く鹿児島の指宿に伝わって山川大根の名がついていた。





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このことを教えてくれたのが、元鹿児島県農業試験場長だった田畑耕作先生で、2011年10月に、野菜と文化のフォーラムが主催する野菜の学校で「鹿児島の伝統野菜・地方野菜」を講演されたときに、その写真をいただいた。

ネットで調べてみると、山川大根は練馬大根で、伝統の漬物が、販売されていた。

その後、熊本で行われた九州伝統野菜フォーラムで、練馬大根の説明の中で加えたのをはじめ、今では全国にある練馬大根の事例としてパワーポイントで使っている。

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posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 全国の仲間の話