2020年01月20日

江戸東京野菜の候補の一つとして明治、大正と、戦前の昭和に東京の特産だった「小笠原バナナ」の資料が見つかった。


天皇陛下の即位礼に伴い、庭積机代物として、東京では江戸東京野菜の東光寺大根と東京ウドが奉献されたことは、紹介したが、

古い資料を調べてみたら、明治天皇の大嘗祭は、古来より伝えられたものだったが、大正4年の庭積机代物は、全国各県からの奉献が制度化されたことから、樺太、朝鮮、関東州、台湾からも奉献されている。

大正4年、東京都からは黍(キビ)、芭蕉實(バナナ)、海苔の三品で野菜は選ばれなかった。
芭蕉實が選ばれたが、当時は領土として洋上1千キロの小笠原の存在を示したかったのか、他には芭蕉實は台湾から奉献されていた。





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昭和3年の大嘗祭に供納された特産品は、黍、芭蕉實、海苔に加え、野菜として胡蘿蔔(ニンジン)、莱菔(ダイコン)が選定されていた。
しかし、台湾を始めとする領土からの奉献はなかった。


ニンジンは、関東ローム層の火山灰土の地味にあった滝野川ニンジンを豊多摩郡井荻町下井草(杉並区井荻)の本橋久蔵氏が、莱菔(ダイコン)は練馬大根で北豊島郡下練馬村(練馬区早宮)の島野吉五郎氏が、芭蕉實(バナナ)は、小笠原島父島大村の小祝幸一氏が奉献している。

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東京都農林水産振興財団の金子章敬農業振興課長にお願いして小笠原バナナの写真を送ってもらった。

小笠原には、現役時代の1976年と1988年に仕事で父島と母島を訪れたことがあるから、小笠原バナナを食べているが、短くて、皮が薄くて甘さの中に酸味もあり、一度食べると癖になるバナナだった。
金子さんは、2009年、2010年と、小笠原支庁亜熱帯農業センターのセンター長をされていたので、亜熱帯農業センター営農研修所の近藤健所長に写真を撮ってもらったとか、

近藤所長ありがとうございました。

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posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報