2021年01月23日

虎ノ門の大坂屋砂場で、そばを食べたことは昨年紹介したが、砂場に行く前に近くの愛宕山に登っている。


政府の緊急事態宣言発令により自宅待機につき、昨年報告できなかったことを紹介する。
昨年、虎ノ門の大坂屋砂場で、そばを食べたことは紹介したが、砂場に行く前に近くの愛宕山に登っている。

小学校の高学年の頃、神田に知り合いが住んでいたので、目黒駅から須田町行き48番の都電に乗れば直で行けたので、日曜日には一人で良く通っていた。
目黒駅から清正公前、魚籃坂下、古川橋、赤羽橋、芝公園、御成門、田村町一丁目、日比谷公園、馬場先門、大手町、そして神田橋で下車した。

子供だから、窓から景色の移り変わりを見ていたから、町並みは覚えてしまった。
加藤清正の位牌や像が祀られている覚林寺がある、清正公前。
明治神宮を源泉とする渋谷川に沿って古川橋から、三の橋、二の橋、一の橋、そして薩摩藩邸のあった赤羽橋と、

御成門を過ぎると愛宕山のラジオの電波塔が見えたものだ。
東京タワーが愛宕山の近く、増上寺の裏にできたのが中学の頃だったから、できる前に何度か愛宕山に上った。




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愛宕山は、標高26メートルだが自然の山では23区で一番高い山といわれていて、86段の出世の石段は40度の急勾配となっている。

三代将軍家光が、父秀忠の墓参りに増上寺に行った帰り、愛宕山の前を通りかかると、
家光は、石段を上ったところに、梅の花が咲いているのを見つけた。

「誰か馬で石段を駆け上がり、梅の花を折ってまいれ」と命じた。
それに応えたのが、讃岐丸亀藩の曲垣平九郎で、梅の枝を折って戻ったことから、家光に褒められ、寛永三馬術の一人にとして、後世に伝えられた。

これにより、この石段は出世の石段と呼ばれ、9月の出世の石段祭りに、愛宕神社の御輿がこの石段を上る。


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posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 農のある景観と環境