2021年02月03日

陽だまりに青梅草が咲きました。


陽だまりに青梅草が咲きました。
庭に植えてから40年は立つが、青梅市吉野農協園芸センター(現JA西東京グリーンセンター)で営農指導員をされていた青木就一郎さんは、昭和40年代の終わり頃、地元の青梅草が、乱開発によって衰微の状態にあったことから、園芸センターの事業として保護増殖に当たられた。

青梅草は、福寿草の野生種で、青木さんは保護運動の中心人物だった。

青木さんは、酒も飲まず仕事重視の方で、指導経済部長の時に
昭和50〜51年度の東京都農協指導者推進協議会(現JA東京指導員連盟)会長もされていた。

当時若造の私としては親しく語り掛ける雰囲気ではなかったが、山野草が好きだったので、青梅草の増殖で実績を上げていた青木さんに、思い切って頼んでみた。




1-1.JPG  1月30日撮影

青木さんは、「大事に育ててな・・・」と云って手渡してくれたので、地植えにしたことで、毎年花を咲かせてくれ、青木さんを思い出す。

江戸時代には、秋の終わりに伸び切った葉が枯れると、根を掘り上げて、水苔を巻いて江戸に出荷したという。
福寿草の愛好家は江戸には多く、野生種は珍重されていた。

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posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 農のある景観と環境