2022年05月17日

「北区の農業・滝野川ゴボウ」の授業プレゼンに、谷端小学校での授業の後、西ヶ原小学校に伺った。


瀧野川八幡神社の藤井宮司から、本年創建820年を祝い、
由緒ある滝野川ごぼうで、地域興しを行いたいという話を伺い、

江戸東京野菜を普及する立場から、持続可能な開発目標として、
地元の小中学校での授業は重要で、北区では稲付中学と、
谷端小学校で出前授業を実施している。

滝野川もみじ小学校と滝野川第二小学校、滝野川第三小学校にも
相談していて、日程調整を進めている。

そんなことから、谷端小学校での授業の後、
西ヶ原小学校へプレゼンに向かった。




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上の画像をタップする
西ヶ原小学校へは、谷端小学校からタネ屋街道の庚申塚駅に向かい
都電荒川線で二つ目、西ヶ原四丁目で下車して5分ほどだった。

お約束をしていた中村副校長が待っていて頂いたが、
校長室に案内され諸田哲校長にお会いした。

午前中に谷端小学校での出前授業や、滝野川もみじ小学校
滝野川第二小学校の対応などをお伝えし、
出前授業の実施に向けての検討をお願いした。









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西ヶ原は、東京府北豊島郡の頃は、滝野川村大字西ヶ原で、
同校は昭和5年に滝野川第八小学校として創立している。
戦後の昭和22年に学制改革により、北区立西ヶ原小学校と
名称を変更された。

西ヶ原には、日光御成街道の一里塚があり、江戸の頃から、
水田地帯で台地の上では「滝野川ごぼう」を栽培していた。

上の画像をタップする
西ヶ原貝塚等もあり、周辺からは石器や土器が発見されている。
また、西ヶ原農事試験場があった所で、今は筑波に移転したが
「農業技術研究発祥之地」だったことを、生徒に伝えたい。




追録
谷端小の清水智子校長が、事前に諸田校長に電話をして
授業の様子を伝えて頂いたので、校長室に通されたようだ。

帰りがけに、同校は統合されていないと云うので、
それならあるかもと、校長室にある歴代校長の写真を見せて頂いた。
第四代校長として写真が掲げられていた。


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大竹彰、親父です。
昭和27年に谷端小から転勤して校長に就任していた。
実家の写真は、葬儀の遺影だから年老いてからの写真で、

校長室に通されたことで、50歳代の頃の親父に会えた。
私が8歳の頃だった。

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第20代の諸田校長に同校の記念誌を見せていただいたが、
大竹校長時代として「ひと通り校舎が完成した時代・・・・」
とあった。
諸田校長ありがとうございました。

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2022年05月16日

今年も、新宿区立西新宿小学校では、5年生による内藤カボチャの授業が始まった。


江戸東京野菜の内藤カボチャを栽培している西新宿小学校では、
今年も5年生が栽培をすると云うので
 皆川侑也教諭と打ち合わせを行ったことは、報告した。

パワーポイントの準備の都合もあったので、
10時前には着くように自宅を出た。

新宿の職場に通っていた20年前の事を思い出した。





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西武新宿から歩いて、同校に向かった。

上の画像をタップする。
新宿西口から、動く歩道で都庁に向かったが、
その西側に西新宿小学校がある。





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運動会の準備もあるようで先生方も忙しそうにしていた。

打ち合わせの段階では、2時間の内1時間目は、1組が座学の
江戸東京野菜の講座で、2組が内藤カボチャの種蒔き、
2時間目は、2組が座学で、1組が種まきという時間配分だったが、


前日連絡が入り、肥料等の予算が取れず、準備が出来ていないので、
12日の種まきは出来ないとのこと。

上の画像をタップする
これによって、梶谷先生の授業は大幅に削減され、
ランチルームで2クラス同時に行うことになった。

「昔の新宿の農業」について、SDGsを挿入しながら説明したが、
現在江戸東京野菜として、内藤カボチャをはじめ、内藤トウガラシ、
早稲田ミョウガ、鳴子ウリの歴史と食文化について話し、
調べ学習の参考になるポイントを説明した。

必ず、ポイントはメモするように指導したので、一生懸命書いていた。





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梶谷先生の授業は、栽培指導だったが、調べ学習として、
生徒に調べさせるので、結果は言わないようにとのことで、
先生は、調べるポイントを話されていた。

上の画像をタップする
梶谷先生に、話してもらわないのは、もったいない話だが、
今後、質問は、1組は長沼和樹先生、2組は皆川侑也先生がまとめて、
メールや電話でお聞きするようだ。

2022年05月15日

滝野川もみじ小学校で栽培している、大きな葉を広げた3年物の滝野川ゴボウを見せてもらった。


滝野川もみじ小学校(近藤充廣校長)で、
滝野川ゴボウを栽培していると、瀧野川八幡神社藤井知樹宮司から
伺っていたので、栽培の様子や授業などはどのようにしているのか、
平野副校長に電話をして伺っていた。

毎年滝野川紅葉中学から種を頂いて、6年生が勉強していると云う。

同小学校は、蛇行する石神井川の川沿いにあり、八幡様の近くの、
滝野川紅葉中学から50bほどの観音橋から、
橋一本下流の滝野川橋の袂にある。






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写真左の茶色の建物が滝野川もみじ小学校

上の画像をタップする。
石神井川はこの辺りから、JR王子駅の方は音無川と呼ばれていた。

9日、八幡様で間引きを行った後、平野副校長に電話で、
今から伺うので栽培の様子を見せて頂きたいとお願いし
快い返事を頂いた。





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渡邉和嘉さんと、松本一夫さんの3人で伺ったが、
平野副校長にご案内頂いた。

毎年、プランターで栽培しているそうだが、
教室の前に大きな滝野川ゴボウの二株には驚いた。
こんなゴボウ始めてだ。3年物の滝野川ゴボウと伺った。

上の画像をタップする
落ちこぼれた種から下のプランターに芽が出ていた。(丸印)
すでに抽苔が始まっていて、5月末には花が咲きそうな勢いだが、
京都の堀川ゴボウの様に、根は太くて須が入っている事だろう。

同校でも、ゴーヤやヘチマでグリーンカーテンを作っているようで
這い上がれるようにネットが張られているが、
このゴボウの所だけ、避けて張ってあった。

教育委員会で保存作物(こんなのない)に
指定してもらいたいくらいだ。(笑)







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ゴボウらしきものが、学校の境の外にも生えていますと
教えて頂いたが、確かに滝野川ゴボウで、
3年物のゴボウの種が飛んで、この地で発芽した模様。

上の画像をタップする
4本芽を出していたが、小石が混じっている土地だから、
根は二股、三股にわかれているだろう。

この滝野川ゴボウも抜かずに保存してもらいたいものだ。


尚、同校でも、滝野川ゴボウの出前授業を検討頂いている。
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2022年05月14日

北区立谷端小学校に、地元の伝統野菜「滝野川ゴボウ」の出前授業に伺った。


北区滝野川地区の谷端小学校で、滝野川ゴボウの栽培をしていると、
瀧野川八幡神社で行われた播種祭で、地元谷端自治会
正木会長に伺った。

滝野川ゴボウでどのような授業をされているのかと、同校に電話を
すると、新型コロナ以後に同校に着任した山本清一副校長が出て、
今は栽培していないので是非と出前授業を要請された。

同校は北区と板橋区の区境いで、JR埼京線の板橋駅から2-3分の所。

戦前の昭和9年(1934)に、滝野川第六尋常小学校の分教場として
開校していて、その前は、牧場で近くの牛乳店に納めていたと、
清水智子校長に伺った。






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少し早く着いたので、校長室に通され清水校長と
お話をする時間が持てた。

折角の機会なので、都内の小学校などで行っている、
江戸東京野菜の命をつなぐ授業についてもお伝えした。

藤井宮司の奥様も、授業参観に来られた。


上の画像をタップする
授業は9時35分から4年生。10時40分から3年生に
「北区の農業、滝野川の野菜」について話した。
東京の農業から入って、東京府北豊島郡と云われた時代、練馬、板橋、
北、豊島、荒川、新宿の一部で、特に江戸城の北、城北地方
(練馬、板橋、北、豊島)の特産物は、練馬大根、滝野川ゴボウ、
滝野川ニンジンで、どれも1b級の長い野菜が収穫されてきた。

同校の北を旧中山道が通り、巣鴨駅から板橋駅の間に、タネ屋さんが
集まり、タネ屋街道と云われていたことも。

特産物の歴史や特徴、食べ方についても、生徒達に質問をしながら
進めたが、生徒達も集中して授業を受けてくれた。

清水校長も、授業の内容と生徒たちの反応を見て、
分かりやすい授業でしたと、評価して頂いた。


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2022年05月13日

こどもの日に、紀尾井町にあるニューオータニに孫たちと食事に出かけた。


連休中の5日、紀尾井町にあるニューオータニに孫たちと出かけた。
ニューオータニには、1月末に40階にある新江戸洋食の
「ベッラ・ヴィスタ」に招待されている。

このホテルは、前の東京オリンピックの時に、外国からの
お客を収容するために建設されたもので、当時、屋上のスカイラウンジは珍しく、食事をしたことがあるが、1時間で1周する。
皇居から、新橋、渋谷、新宿方面が食事をしながら眺められた。







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上の画像をタップする
今回は、日本庭園が間近に見える広い、”ガーデンラウンジ” で
ランチは「スーパースイーツビュッフェ」とあったことから
孫たちの希望で決めた。


ニューオータニにはブログを書き始めてから何度か来ている。
向笠千恵子先生に頼まれて、すきや連の例会が、2013年2月に、
メインロビー1階にある「岡半」で開催されたときに、卓話として
江戸東京野菜の話をさせていただいた。

紀尾井町は、紀州徳川家、尾張徳川家、井伊家の上屋敷があったが、
ニューオータニは近江の井伊家で、近江牛を食べさせる
滋賀県彦根市の千成亭・上田健一郎社長が同席だったことを思い出す。



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2022年05月12日

滝野川ごぼうを栽培している瀧野川八幡神社は「毀滅の刃 胡蝶しのぶ」の産土神だった。


滝野川ごぼうの復活栽培をしている瀧野川八幡神社での様子は
当ブログで紹介しているが、

facebookをご覧の皆様にもブログで掲載していることを、
詳細はここから」として案内している。

Facebookで「#滝野川八幡神社」には、毀滅の刃の
「蟲柱 胡蝶しのぶ」の生まれ故郷の神社として話題を集めている




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八幡様の社務所には、胡蝶しのぶのキャラクター人形や
自分で描いた絵を額に入れて奉納している。

上の画像をタップする
境内には、胡蝶しのぶの身長151aの柱がご社殿を背景に
置いてあり、毀滅の刃のファンがSNSで紹介している。

社務所脇には、中野の沼袋氷川神社とのコラボで
うぶすな聖地二社御朱印めぐり」の貼り紙。

水柱冨岡義勇は旧野方村の生まれで産土神社は沼袋氷川神社。
旧野方村は練馬に隣接して、かつては練馬大根
産地でもあった。



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2022年05月11日

瀧野川八幡神社で栽培している滝野川ゴボウの間引きを連休明けの9日に行った。


瀧野川八幡神社(藤井知樹宮司)では、滝野川ゴボウの復活栽培を
していて、その生育の経過は紹介してきたが、
間引きは連休明け9日に予定しいた。

栽培の相談に乗っている渡邉和嘉さんと、上石神井で待ち合わせをしていつものように、渡邉さんの車で向かったが、比較的すいていたので、10時前には到着したが、江戸ソバリエ協会理事の松本一夫さん
(北区にお住まい)も、すでにみえていた。





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八幡様からは、経過的に写真を送って頂いていたが、
葉は一回り大きくなっていた。

上の画像をタップする
欅の葉も新緑から緑になりかけて社殿を覆っていた。

早速、間引きに入ったが、ひとつの塩ビ管に1人3粒の種を5人で
播種しているから、数えてはいないが、
15本ほどのゴボウが伸びている計算になる。

間引きでは3本残すことで、渡邉さんと決めていたので、
葉をかき分けて力強く伸びているのを残そうと実施した。

ゴボウの直根は下に伸びるが、地表部に近いとこに細い根が
横に張って直根の伸びを支えているから、その張っている根を
切らないと抜けない。




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2022年05月10日

東京女子学院高等学校の農園で、江戸東京野菜の定植作業が行われた。


4月18日に伺った時に、連休明けの授業で、江戸東京野菜などの
定植作業を行うということで、それまでに新たな畝づくりを、
保積栄理教諭にお願いしてあったが、

先日、東京女子学院高等学校の農園に来たことは、報告した。

畝が高く耕されていたので、これは生徒にはできない、きっと
用務の方が耕したと思い込んでいたが、保積先生にお聞きしたら、
生徒全員でやりましたという。驚いた。






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上の画像をタップする。
授業の初めに一言、「農園の畝づくりを皆さんがやられたと、
保積先生からお聞きして、皆さんのやる気を感じました。」
と称賛した。


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2022年05月09日

川口えんどうを初出荷したと、八王子市川口の濱中さんからメールをもらった。


八王子市川口でこの季節、川口エンドウを栽培している
濱中洋子さんから、7日に初出荷をしたと、
写真添付のメールが届いた。

濱中さんのお宅には、今年伺っていて、
定植をしところを見せてもらった。

その後、4月中旬に様子を見に行った、川口エンドウ女子隊の、
増田純代さんが写真を送ってくれたが、





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後継者俊夫さんのより、洋子さんのエンドウの方が
早く定植した分、花も良く付いて咲いていた。

上の画像をタップする
この季節のイベント、歌舞伎座で開催される「江戸落語を食べる会
が、三遊亭兼好師匠で5月30日に開催される事から、川口エンドウを
使いたいが、それまで、花が咲き続けてくれればいいのだが。


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2022年05月08日

先月、28日に子ども会が1か月遅れて播種した滝野川ゴボウが芽を出した。


北区の瀧野川八幡神社が実施している滝野川ゴボウの
復活栽培は、塩ビ管を使って栽培をしているが、3月27日に
播種祭を行ったが、順調な生育を見せて、9日には
間引き作業を行う予定だ。

先月28には、子ども会の、皆さんが播種をしているが、
5日に発芽したと写真を送って頂いた。
1か月遅れの種蒔きだったが、暖かくなった分早く発芽した。




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上の画像をタツプする
3本の塩ビ管に、5日現在は2本のようだが、30人で蒔いているから
順次発芽してくると思う。

子どもたちも、発芽したことを知れば、見に来るだろう。



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2022年05月07日

東京女子学院高等学校フードカルチャーコースの農園に行ってきた。


4月18日に、新年度の授業と打ち合わせで、東京女子学院高等学校
フードカルチャー(FC)コースの、新2年生に会ってきた。

当日、アブラムシ対策として、武蔵村山の岡本健一さんが行っている、
わい性ソルゴーを畑の周りに蒔いてきたが、発芽の状況を見たくて、
連休中に行ってきた。





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生徒が作ったのか、「東京女子学院農場」の看板があった。

上の画像をタップする
入り口には、同校が張り出した「立ち入り禁止」の看板には
「東京女子学院農園」とあり、同校としては農園の位置付けで、
今年度から地域に公表した形。

当ブログでも、これから「農園」と呼ぶことにする


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2022年05月06日

新宿区立西新宿小学校5年生が実施している内藤カボチャの授業の打ち合わせに伺った。


新宿区立西新宿小学校(長井満敏校長)では5年生が内藤カボチャの
復活栽培を
行っているが、今年も栽培を実施すると、新たに5年生の
担任になられた皆川侑也教諭からメールを頂いた。

授業や栽培計画について打ち合わせが必要なので、栽培指導を
行っている、梶谷正義先生の都合をお聞きしてから伺った。








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皆川先生は、内藤カボチャの栽培は、はじめてということで
これまでの経過についてお話した。
西新宿小学校の内藤カボチャの栽培は、2014年に相談を受けてからで

これまで用務の小笠原さんが栽培を見ていた。
同校では栽培にとどまらず、2016年に新宿駅でプレゼンを行った。

2017年には、小池都知事が内藤カボチャに興味を持って頂いたので、
2018年、都庁に最も近い小学校として、収穫したカボチャをもって
小池知事に会って頂いた。

この年、用務の小笠原さんが移られたので、2019年から
栽培指導を梶谷先生
にお願いした。
この年、収穫した内藤カボチャは、新宿御苑の総料理長の
伊藤シェフ
に料理を学んだ。
2021年も新型コロナ禍の中で授業は行われた。

皆川先生に学校側の都合を聞いて、連休明けの12日(木)に、
内藤カボチャの話と、梶谷先生の播種の授業を行うことになった。



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2022年05月05日

先日、四谷のオテル・ドウ・ミクニに三國清三シェフを訪ねた。


先日、四谷のオテル・ドウ・ミクニに三國清三シェフを訪ねた。

三國シェフに会いたいがと、4月の中旬にソシエテミクニの
岡本孝一さんに電話をした。
連休中の方が、三國シェフは店にいますから、と云うので、
連休の初めに伺った。

10時過ぎに、店についたが、今日は、結婚披露パーティがあるようで、
かすみ草が飾られていた。

かすみ草の花言葉は「無垢の愛」「感謝」「幸福」。





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上の画像をタップする
三國シェフは、カウンターで新聞を読んでいた。
こちらもお会いしたかったというので、先ず話を伺うと

来年、江戸東京野菜を始め、東京の食材を使った店を考えているので、
集荷について、量的にも協力してほしいという。

こちらのお願いは、2件、1件はフランスの子ども達に
味覚の授業が行えないかというもの。
相手があることだが、三國シェフがやる意思があるかどうかを、
先に確認したものだった。

もう1件は、昨年、東京女子学院のフードカルチャーコースにおいて、三國レッスンをお願いしたが、シェフの了解は得たものの、
最終的にはシェフの日程が空いていなかったことから、
実現しなかった。
そこで、今年は早めに調整に伺ったもの。

2件とも、快く了解を頂いた。
連休明けには何かのアクションを頂けることになった。
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2022年05月04日

歌舞伎座サービス株式会社が実施する、第81回「落語を食べる会」に行ってきた。

歌舞伎座サービス株式会社が実施する、第81回「落語を食べる会」
林家正蔵の「雛鍔」(ひなのつば)を聞いてきた。

この会、果菜里屋の高橋さんが、昨年1月から西村正史社長に
江戸東京野菜を使ってもらっていて、今月は何にしたらいいか、
橋弘道社長から相談を受けていた。

「東京うど」にしようとなったが、収穫が終った生産者も多く、
夏まで生産している立川の須崎彦義さんも収穫にはすこし早く、
練馬区石神井の井口良男さんが収穫していて助かった。






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今回出演の林家正蔵師匠は、昭和の爆笑王・林家三平の長男で、
祖父七代目・正蔵の名跡を九代目として襲名していた。
案内には「歌舞伎座へは何度も足を運ぶほどの歌舞伎通で、芝居を芸に
取り組む姿勢と師匠の人柄から伝わる人情噺は定評があります。」
とあった。

テレビが、始まった頃に林家三平は、いわゆる爆笑王だった。
前座でも三平の子としてテレビにも出ていた。
噺家でやっていけるのかとも思ったが、志ん朝に憧れていたと云う。

28年こぶ平が、大名跡正蔵を襲名した。八代正蔵の噺も聞いている。
それから17年、初めて正蔵師匠の噺を聞くので楽しみにしていた。

 

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2022年05月03日

瀧野川八幡神社の氏子青年会が企画した子ども会が、滝野川ごぼうのお話を聞きに来た。


北区滝野川地区を蛇行して隅田川に流れる石神井川。
その源泉は小金井市の小金井公園の辺りで、湧き出した流れは、
途中練馬区石神井の三宝寺池等の湧水も集め、
隅田川に流れ込んでいる。

かつては、流域で洪水を引き起こしながら、
不忍の池に流れ込んでいた歴史もある。
今日、洪水にならないように、川は深く掘り下げられている。






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神社の裏を流れる石神井川には、鯉幟が薫風に泳いでいた。

上の画像をタップする。
江戸時代には、神社の上流、今の板橋区加賀の地は渓谷になっていて、
川は滝の様な、轟轟とした音をたてて流れていたことから、
瀧の川の名がついたと云われている。


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2022年05月02日

無印良品の新宿店と武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス店の店長が尋ねてこられた。



先日、無印良品の山中吉隆店長(新宿店)と
菊地香織店長(武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス店)が、
尋ねてこられた。

無印良品は、昭島駅前のモリタウンにもあるので、利用している。

先日も紹介したが、「なにわの伝統野菜」では、商品開発がされた
加工食品を無印良品によって、販売されていることから、

昨年は、足立の内田宏之さんの畑で、
食品部の岩澤さんにお会いしている。







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上の画像をタップする

菊地店長の武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス店は、
現在、耐震工事の為に当面の間休業していて、営業再開は2023年1月
の予定で、現在、新宿店に身を寄せていると云う。

新宿店の取り組みを、市ヶ谷店も参考にしたいと同行された。



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2022年05月01日

徹底した無農薬有機栽培をしている世田谷区等々力にある大平家の畑を案内してもらった。


世田谷区等々力の大平邸に11代当主の美和子さんを訪ねたことは、
先日紹介した。

現役時代の20年前に何度か伺って、原稿を書くためにご尊父信彌氏の
写真や資料などを見せていただいたことがあった。

戦後日本で初めて、木材と竹でビニールハウスを作った時の写真も

昔話や、城南小松菜を守ってこられたことへの感謝と、
江戸東京野菜の話で長くなってしまったので、お疲れになってもと、
話題が変わったところで、
畑も見せていただきたいとお願いして、屋敷を辞すことにした。




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上の画像をタップする
畑を手伝っている矢野さん(写真左)を、呼んで案内するように
頼んでいただいた。

400年の欅の新緑が一番きれいな時期だった。
屋敷と道を挟んだ建物で、収穫された野菜を販売していた。



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