2022年09月20日

高田馬場シニア活動館が実施している新宿野菜サロンの終了に当たり、改めて新宿の農業についてお話をした。


高田馬場シニア活動館が実施している新宿野菜サロンの取り組みでは、江戸東京野菜の中でも新宿の伝統野菜について、栽培してきた。

担当の古平篤さんから、2022年第1回「新宿野菜サロン」の
終了に当たり、江戸東京野菜を調理する時間を設けたが、
食べる前に改めて収穫された野菜について、江戸東京野菜の物語を
聞きたいと云うので、早く出かけて、屋上菜園も見てきた。

料理指導を行うので、都市農地活用支援センターから松嶋あおいさんが
派遣されていて、料理を作るのに時間がかかるから、すでに調理場に
入っていて、内藤カボチャを切っていた。

後で聞いたが、西洋カボチャや内藤カボチヤを切り過ぎて
右手にタコが出来たと見せてくれた。





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江戸東京野菜については、新宿野菜サロンの開催された4月7日に依頼
されて、江戸東京野菜の話をしているが、パワーポイントを
持参しなかった
ので、解りづらかったかもしれないので、
今回は、用意していった。

開催時に話しているが、やはり映像で見ることが出来れば、
解りやすい。


前回は、新宿の農業として、早稲田ミョウガの発見から、
現在、秋のミョウガの子と、春先のミョウガタケについて、
紹介したが、今回は栽培していないので、
栽培した内藤カボチャに内藤トウガラシ、そして鳴子ウリの
物語を、映像を使って紹介した。

7月に伺った時に撮った写真も挿入して、そこから物語につなげた。

内藤清成が、徳川家康から授かった屋敷地(現新宿御苑)は
あまりにも広かったことから、小作人を入れていて、
野菜栽培をしていたので、内藤カボチャや内藤トウガラシが
広まっていった。

甲州街道の第一の宿場が高井戸だった時には通過地だったが、
慶長年間に信州高遠藩内藤家の下屋敷を削って、新しい宿場
(内藤新宿)が出来たことから、特産野菜として地域に広まり
生産も拡大していった。

神田川の流域、内藤新宿の柏木・鳴子地域で栽培されていた、
鳴子うりの話もしたが、サロンでは早々と7月にヘタ落ちした
鳴子ウリが収穫できたので、サロンのメンバーは、メロンのような
香りがする鳴子ウリを味わっていたので、私の話は理解して頂いた。

私の話が終わったところで、松嶋さんの食べる講座となった。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 食育・食農・講演会等