今年の2月に、
高円寺の居酒屋「うおこう」が主催した、
高円寺演芸まつりで、田辺一乃師匠の講談、
わたしが江戸東京野菜の話をしたが、その後、会場を「うおこう」に
移して、
懇親会を開催した。その席で、北畠禎子さんにお会いした。
「うおこう」で著書「江戸東京野菜の物語」を買って頂いたことから
話が弾み、お父さんが現役時代にお世話になった、東京都農林水産部の
香川正雄さん(故人)だったことが分かった。
北畠さんとは、何度がメールでのやり取りがあったが、
香川さんの自分史「さかさま川」を贈っていただいた。
上の画像をタップすると目次幼児期から、闘病生活までが122頁にまとめられていた。
「自分史」さかさま川は、
1998年8月14日(金)立川病院3FlO9号室でウトウト昼寝を始めたとき、嫁に行った長女の禎子が不意に顔を出し、二人の孫の写真と原稿用紙一冊を持って来てくれた。原稿用紙に「お父さんんの自分史や闘病記」を書いたらどうかということだ。
約8ケ月入院生活を終え退院したのを機会に、ワープロの練習を兼ねて「我が闘病日誌」を書いた。
「腸の穿孔」のため入院した今回は、既に70日余経ち、時間を持て余していたので、暇つぶしのためと娘の提言に応え、「自分史」執筆に挑戦することにした。この時代は、まだパソコンではなくワードプロセッサーの時代でした。
自分史は、自分でワープロを打ち、校正をして、平成10年(1998)10月
20日に書き上げて再入院、ご家族が冊子にしたのは亡くなってからで、
題名は「さかさま川」だと、奥様に伝えていたという。
表紙の文字と絵は、二番目のお姉様溝渕恒子様が、香川さんが
亡くなった6月に咲いている花として水芭蕉を描いてくれたとか。
一周忌(2000年)に、親戚、兄姉、家族に配布された。
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