東久留米の仕事を受けたが、東久留米の様子が分からないので、小平市の宮寺光政さんに頼みこんで同行してもらった。
仕事も終わって昼を回ってしまったが、宮寺さんが現役時代に通っていたという「武蔵野うどん」を食べに行こうと、野火止用水沿いの「武蔵野手打ちうどん みんなのうどんや」にしばらくぶりに寄った。
店の前の通りを挟んで、野火止用水が流れている。
この用水、水利に恵まれない武蔵野の野火止台地を潤すために、松平伊豆守信綱が承応4年(1655)に玉川上水から3割の分水許可を得て、野火止用水を完成したもの。
東京都と埼玉県の「清流の復活事業」で昭和59年に、多摩川流域の下水二次処理水を宮寺農園の近くから、埼玉県の新河岸川に注いているもの。
前回来たときは、鯉が群れていたのを、当ブログ「追録」で紹介している。
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流域には、秋が忍び寄っていて、散策も楽しめる。

店に入ると店の奥から大女将の内堀幸枝さんが、「しばらく!」と云って出てきた。
店は息子さんの夫婦が仕切っているが、そこは大女将が目配りがきいていて、うどんが出てくるまでの間、横に座って、懐かしい、昔話を始めた。
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「武蔵野うどん」のこだわりが架かっていた、前は店の外にもかかっているが、より詳細に書いてある。
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注文したのは、肉汁「武蔵野うどん5玉」で、かき揚げが終わったというので、竹輪の天ぷらを注文した。
大女将が、コロツケを、宮寺さんばかりか、私にもサービスしてくれた。
昼を食べにちょいちょい来ていたと云うだけあって、うどんの食感が良い。
「今何作ってるの!!」
「江戸東京野菜を作ってるんだけど、
今年、内藤カボチャ」という昔の日本カボチャを作った」
「食べたい!、 今度、持ってきてよ! 」
と、和やかな会話が続いた。
「みんなのうどんや」はここ。
TEL 042−493−5245
〒204−0023 東京都清瀬市竹丘1−3−13