2014年12月31日

近茶流宗家柳原一成先生に「正月料理と日本の食文化」を学ぶ。


「NPO法人 良い食材を伝える会」の「食材の寺小屋」で、「柳原料理教室」を主宰されている近茶流宗家の柳原一成先生が「正月料理と日本の食文化」を講演するというので、久しぶりに、会場の東京農業大学「食と農の博物館」に出掛けた。

和食の文化がユネスコの世界無形文化遺産に登録された今、その代表ともいえる正月料理に関心が集まっている、

和食界の重鎮である柳原先生が、正月料理の昔と今の比較や、和食文化における正月料理の意味についてお話されると云うので、狭いセミナールームは会員で一杯だった。





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柳原先生には、色々と教えていただいていて、資料を送って戴いたり、先生の講演会にも伺っている。

先日は、ラー・エ・ミクニで、嗣家 柳原尚之先生にもお会いしている。



講演はお節の話から・・
最近では、核家族や高齢化で、お節を作る人がいなくなり、お金を出して買うようになってきた。
料理全般に家で料理を作らなくなり、子供たちの心身の円満な成長にとって、困った状況となっている。
料理は家庭でつくるものなんで、お節を振り返ってもらいたい。

お屠蘇、屠蘇散(屠蘇延命散)を呑むことも少なくなった。そもそもは「心身を蘇らせる」と云われている。

中国料理は油の文化、イタリア料理はオリーブの文化、日本料理は水の文化で、豊かな水を生かして、茹でる、蒸す、昆布とかつお節で出汁を取るなど、たっぷりの水を使って下処理をしてきた。
日本人は澄んでいるのが好き、濁るの嫌いで、日本料理は成り立っている、と・・・

お節は、歳神様に供える物を食べられるように、庶民が作り出した料理・・・。



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雑煮の話では・・・
江戸雑煮は鶏雑煮。かつては小松菜(伝統小松菜)だったがチンゲン菜との交配種の小松菜が普及したことで、茎が太くて硬いので、小松菜から変わりつつあるという。

鶏の澄まし汁に焼いた角餅、なると蒲鉾、小松菜、これが江戸雑煮だ。

京雑煮、長崎雑煮、博多の雑煮に、鹿児島の雑煮と、各地の特徴的文化と雑煮の話・・・

香川県や静岡では、菜を入れるが、食べずに残す風習。名を残すという縁起担ぎ。
愛知では、菜と餅を一緒に食べるが、名(菜)を餅上げるとの縁起担ぎ。

また、江戸の昔から近茶流宗家に伝わる、正月の道具類が映像で紹介された。

        


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講演の後に、良い食材を伝える会の忘年会をすると云うので、柳原先生にご挨拶をしてから空き時間を利用して校友会に顔を出すと、小野甲二事務局長に会えた。

小野事務局長は「NPO法人子どもの食育推進協会」の結成に尽力した方で、私も小野さんに乞われて理事になったが、仕事が出来るものだから、その後、校友会の事務局長に就任していた。

今日は、柳原先生の講演を聞きに来たと伝えたら、柳原先生親子には10月発行の校友会ニュースに書いていただいたと、一部戴いた。
(上の画像をクリクする)

実は、柳原先生は昭和40年卒で私の1年先輩と云うご縁なのだ。

追録





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食と農の博物館1階フロアーで、同会食材の寺小屋メンバーによる忘年会が、青木宏高理事の司会で始まった。
中村靖彦塾長の挨拶の後、乾杯で懇談となった。

青木理事から、途中帰る場合は一言言ってからと云うルールで・・・。
これまで、食材の寺小屋で何回か話をさせていただいたことを思い出しながら話した。

世田谷の廃校となった池尻小学校を借りて「食材の寺小屋」が始まった何回目かの2005年7月3日、「江戸から伝わる東京の野菜物語」と題して講師を務めた、
2009年にはパネルディスカッションにも呼ばれた。又、産地見学のガイドもさせていただいたので、それらのお礼を申し上げて、先に失礼をしてきた。

寺小屋で話すことになったきっかけがなんだったか・・・・。
2004年に青木さんを江戸のダイコンゆかりの地に案内したことがきっかけだったようだ。

お土産に、会員に配られた千葉県君津の小糸在来を大豆をいただいてきた。


posted by 大竹道茂 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 大学・NPO等の活動
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