2015年05月06日

日本を代表する建築家のひとり板倉準三の傑作が、軽井沢に移築されて「ドメイヌ・ドゥ・ミクニ」として生まれ変わる。


満開の大山桜を見ようと軽井沢に来たが、残念ながら葉桜になっていた。
しかし萌え出でた新緑の美しさは、夏の軽井沢とも違う趣で、残雪の浅間山のすそ野に広がる木々の薄黄緑色には癒される。

桜を見に行こうと思いついた時に、お昼はいつも行く中軽井沢にあるログハウスの焼肉屋がひらめいたが、

ラー・エ・ミクニでお会いした飯田郷介先生に戴いた著書「美味しい美術館」にあった「ドメイヌ・ドゥ・ミクニ」を思い出し、ネットから予約をした。

しばらくして内藤友良支配人から「どうぞ当日はお気をつけてお越し下さいませ、お待ち申し上げております。」の返信。




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内藤支配人と、新井康久シエフ。
新井シェフは四ツ谷のオテル・ドゥ・ミクニで15年修業したという。
そしてサービスの甲斐聖史さん。

上の写真をクリックする。

メニューについては、事前に内藤支配人に聞かれていたので信州和牛のコースをお願いしていた。




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車だったので、ノンアルコールのワインをお願いした。

上の画像をクリツクする
飯田先生の著書によると、「ドメイヌ・ドゥ・ミクニ」は、神奈川県立美術館や、岡本太郎記念館、新宿西口広場の地下から地上部に車で上がる、直径60mにも及ぶ楕円形の開口部なども設計している板倉準三が、美術史家の団伊能の別邸「飯箸邸」として世田谷区等々力に建てたもので、2007年に追分の地に移築された。

内藤支配人は、建物の関係資料を持ってきてくれた。
それによると、板倉準三の息子竹之助氏、追分倶楽部、そして三國シェフとが出会い、一時は取り壊されようとしていた「飯箸邸」を、この地に移築することができたのだという。

ドメイヌ・ドゥ・ミクニを核に、竹之助氏が設計した7棟の分譲別荘を周辺に配して、お庭は共有となっているという。





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愛知産・マテ貝のムクラード
わさび莱と紅蓼合え

上の画像をクリックする

マテ貝に、ワサビ菜の苦味がアクセントになって美味しい。

  




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カナダ産・オマール海老と山菜
うま味コンソメのジュレー寄せ
空豆のムース、ディルの香り

上の写真をクリックする。

大きく削った鰹節を上にのせてあったが、
除くと、旨味のジュレに覆われた山菜。
軽井沢の地に芽生えた、つくし、山ウド、ゼンマイ等・・・、、

グラスの底にはそら豆のムース。






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鹿児島産・マト鯛のプレゼ
大吟醸「黒龍」酒粕風味・白ワインソース

上の画像をクリックする

三國シェフのルーツは、福井県三国にあると聞いている。
何代か前に北海道増毛に移り住んだとか・・・。

そんなご縁か、福井の「食の大使」をされていることから、
福井の酒・大吟醸「黒龍」を使っているようだ。

マト鯛に、キクラゲ、ヒラタケ、エリンギと3種のキノコと、セルバチコ。

  


メインディシュに使うナイフとフォークは、三國シェフがフランス共和国農事功労章オフィシエ章受章のお祝いに、三國シェフが料理の神様と慕うトロワグロが贈ってくれた「ラギオール のナイフ&フォークセット」だと、甲斐さんが教えてくれた。

あのお祝いは、ミクニ・マルノウチで行われたが、乾杯の発声を指名された。



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信州和牛フィレ肉のロティと
そのブルギニオン、トリュフ風味
春の軽井沢野菜フリカッセ添え

上の画像をクリックする

サービスの甲斐さんがメインディシュを運んできた。
新井シェフは野菜料理が得意だそうだが、地産地消はありがたい。
さすが、三國シェフのお弟子さんだ。

この辺りでも作っていると万願寺唐辛子、
軽井沢の野セリは根付きで、その香りを食べさせてくれた。
フキノトウの苦味も良い、

ラディシュ、レッドマスタード、菜花、タケノコ、キヌサヤエンドウ等・・・、

トリュフたっぷりのソースをかけて

12時を過ぎると3組のお客さんが、それぞれ席に着いた。

サービスの甲斐さんはミクニ・マルノウチで修行をしたと云っていたから
江戸東京野菜もご存じのようだった。






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小諸・布引苺園“紅ほっぺ”のスフレグラス
自家製梅酒の葛ソース

  
庭を眺めていて思い出したが、初めて軽井沢に来たのは中学2年生(1957年5月31日) の時だった。
学校の旅行で、軽井沢から草津まで走っていた小さな草軽電鉄で、国境平(長野と群馬の国境)と云うところで下車、後は歩いて浅間牧場や鬼押出しまで行ったことがあった。




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サクラのプランマンジェと
大葉のアイスクリーム

上の画像をクリツクする

桜味の冷菓と
シソ味のアイスクリーム、ツマモノの花穂をちぎってお皿の縁に


草軽電鉄は狭軌でトロッコのような電車
旧軽井沢の別荘地帯を抜けて浅間山のすそ野を走っていたので、高原列車などとも云われていたが、大正期から半世紀、1962年に廃線になってしまった。

瀟洒な別荘と美しい林間の景色が思い出され、前に来たときに廃線の跡をたどって歩いたことがあったが、別荘地帯の木々が大きくなってしまって、当時とは様子がずいぶん変わっていたものだ。

草軽電鉄を懐かしむ人は大勢いて、廃線の跡をたどるブログもある。

そのひとつ「廃線探索 草軽電鉄」がヒットした。




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コーヒー/小菓子


小菓子は、グランベリー、マカロダミアンはアーモンドとバニラで・・・
そしてガトーショコラブラウニー

コーヒー、紅茶の他に、自家製のハーブティーもあるというので注文。
カモミール、ミント、ラベンダー、リンデンをブレンドしてあるという。
おいしい!!

2時間たっぷりと寛いで、貝、エビ、魚、お肉、そしてスイーツと戴き、家内も満足していた。

追申


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上の画像をクリックすると詳細


帰り際、置いてあったチラシをいただいたが、6月28日には三國シェフが、愛弟子新井シェフと一緒に同店で腕を振るうという。



posted by 大竹道茂 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 三國シェフと江戸東京野菜
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