2015年10月19日

漫画家・本庄敬先生が、早稲田ミョウガを通して、江戸東京野菜に興味を持ってくれた。


先日、練馬の大泉学園駅近くに店を出した和食の料理人石井公平さんが「早稲田ミョウガを食べつくす会」を開いた。

お隣の方が早稲田ミョウガの歴史について興味を持たれていたので、名刺交換をさせていただいた。
肩書に「漫画描き」とあり、漫画家の本庄敬先生だった。
挨拶の中で、最近、出版されたばかりの「隠密包丁 〜本日も憂いなし〜」を頂いた。
ここまでは、先日、ブログで紹介した。





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折角、ご本人から贈呈いただいたので、サインをお願いしようと、持っていたサインペンを出したら、先生は、飲んでいた猪口を脇にやってから、おもむろに愛用の墨と朱の筆を出してサインをされ、止めは落款まで押していただいた。 本庄先生、ありがとうございます。

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上の画像をクリツクすると、日本文芸社へ


「隠密包丁」は江戸時代の料理人の話を描いていて、食材としての江戸東京野菜に興味を持っていただいたようだ。



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早稲田ミョウガは、今日では、ミョウガタケとして2月に出荷が始まっていて、秋のミョウガの子、早春のミョウガタケと、井之口さんのご尽力で年2回、喜んでいただいている。

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このミョウガタケ、促成栽培の技術が生かされていて、早稲田みょうがプロジェクトの早田宰教授が集めた資料によると、11代将軍家斉は、ミョウガタケを食べていたという。

家斉と云うと、鷹狩の折り、三河島菜を献上されて食べたという記録がある、
家斉が将軍だった寛政10年(1789)以降、鷹狩の御善処となった観音寺(現荒川区)では、その都度、土地の特産「三河島菜」を献上したという。

江戸東京野菜は将軍たちとのかかわりもあり、「将軍たちと江戸東京野菜の記録」として書いたことがある。

また、「ペリー提督も食べていたみょうが」の話も紹介したが、皆さんも2月にミョウガがあったのかと云う質問があった。 このことは10月1日の「追録」で書いている。

同店の奥の部屋に入ったら、5〜6人の漫画家の色紙が貼ってあった。
大泉には、漫画家が大勢住んでいて、同店は料理をテーマ―にしている先生方のたまり場になりつつあると、石井さんが云っていた。

思い出したが、昔、週刊漫画TIMESで、本格野菜コミック「愛・菜彩 作/ 桜井和生・画/ 幡地英明 )」は、江戸東京野菜がテーマで、

東京うど、馬込半白キュウリ、のらぼう菜、三河島菜、金町コカブ、伝統小松菜の後関晩生などを、物語に絡ませていた。あれからしばらく経つ。

MXテレビ放送日が変更になりました。 !!
10月26日(木)18時〜18時半の9ch「TOKYO MX NEWS」です。


posted by 大竹道茂 at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 早稲田ミョウガ
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