2015年11月16日

第2回 全日本・食サミットが「江戸前」をテーマに開催された。


全日本・食学会が主催する第2回全日本・食サミットが8日に「江戸前」をテーマに、東京誠心調理師専門学校を会場に開催された。

盛会だった模様は10日には当ブログで紹介するつもりだったが、不注意もありカメラが行方知らずと云うアクシデント発生で、ようやく手元に戻ってきた、何人もの方から、食サミットをドタキャンでもしたのかと、ご心配を戴いたが、遅ればせながらの報告となった。
このことでは事務局の濱砂文さんにはお骨折りを戴いた。






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さて、江戸前をテーマにした食サミットの開会式は、7階から8階につながる階段教室で10時から始まり、

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全日本・食学会の門上武司理事長と村田吉弘団長(菊乃井の主人)の、開会挨拶で始まった。
全日本・食学会の活動として「研究活動」「交流活動」「発信活動」をしているが、これらの活動を網羅して、1年間の集大成としての場として“食サミット”を開催している。

2020年東京オリンピック・パラリンピックも5年後に控え、本当のおもてなしを提供するためにも、食学会として江戸前を知り、江戸前から学び、その心を未来へどうつなげていけるかを研究・交流・発信できる機会にしたいと云う。

昨年、第1回は京都で関西の料理人を中心に「だし」をテーマに開催されたが、
第2回は、東京開催と云うことで、テーマは「江戸前」。

「江戸前」は、江戸前面の海で捕れる海産物に付けられるのが一般的だが、今回は江戸風という意味合いで使っている。

開会前の講師控室では、アルケツチャーノの奥田政行シェフに久しぶりにお会いした。高知以来で「江戸東京野菜の話を聞きたかったんですが、同じ時間でしたネ・・・。」と云っていただいた。

門上理事長、日本醤油協会の田上秀男技術顧問、醗酵文化推進機構の鎌田良主任研究員、難波千日前「釜たけうどん」の木田武史店主、バードランドの和田利弘社長てんぷら「近藤」の近藤文夫店主、「WAKIYA」の脇屋友詞シェフ、人形町今半の高岡哲郎副社長、「KIHACHI」の熊谷喜八社長の皆さんには、ご挨拶をし名刺交換をさせていただいた。


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8月初めに全日本・食学会 東京事務局の濱砂さんから、11月に開催される第2回全日本・食サミット「江戸前」に講師としてて出演依頼のメールを頂いた。

同学会には錚錚たるメンバーがいるにも関わらず、江戸東京野菜について、お気遣いを戴いたようで、20名からのメンバーに選んでいただいた。

パートナーは、日本橋「ゆかり」の三代目野永喜三夫さんで、事務局の濱砂さんと打ち合わせで、三代目を訪ねたことは、当ブログで紹介している。

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打ち合わせでは、この季節に収穫できる野菜を提案したが、最終的に小平の岸野昌さんの滝野川ゴボウ10キロ、西東京市の矢ヶ崎宏行さんの伝統小松菜20束、東久留米市の小寺宏さんの亀戸ダイコン30本の注文が入った。





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野永さんは、9時半には会場に来ていて、お店で仕込んできたものを使って仕上げにかかっていて、会場のキッチンで専門学校のスタッフに指示などしていた。

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料理は、滝野川ごぼうの「すり流し」、ツマモノの花穂と、滝野川ごぼうの「素揚げ」を乗せた。
亀戸ダイコンの「漬物」、そして伝統小松菜の「お浸し」が用意された。




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野永さんとのトークショーは、14時から1時間、6階のマルチの実習室で行われた。

テーマは「伝統野菜の可能性」で始めた。
野永さんとは、簡単に打ち合わせをしていて、最初は作ってきたパワーポイントで説明に入ったが、
会場には部屋の隅に小さなモニターがひとつ、天井に固定されていたが、遠くの席からは見難かったと思う。

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三代目の野永さんのご尊父喜一郎さんは、2007年に、「日本橋から江戸東京野菜をブランド化」したいと、背中を押してくれた人で、当時、12月の築地市場には「小松菜」「練馬ダイコン」「千住ネギ」「滝野川ゴボウ」しかなかったと、それでもフルコースをご馳走してくれた。
パワーポイントで見る

三代目の喜三夫さんは「あの頃は、京都菊乃井での修業を終えて、京野菜、京料理にのめり込んでいた時代で、二代目はここは日本橋だと心配していたようだ。」と・・・





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トークショーでは、三代目が、滝野川ゴボウ、伝統小松菜、亀戸ダイコンの特徴について、料理人としてわかりやすく解説をされた。

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亀戸ダイコンについては、辛味が特徴なので、そこを生かした浅漬けにしてあると説明。

テーマの「伝統野菜の可能性」だが、伝統野菜は揃いが悪いことから、流通に乗らなくなり、1代雑種の交配種の次代になってしまった。決してまずいから栽培されなくなったわけでないから、野菜本来の味がする。

流通に乗らなくなっても、県域レベルの流通には十分対応できるから、地域の歴史文化を今日に伝える野菜で、次世代に伝えていく野菜でもある。
江戸東京野菜を例に取れば、東京に来て食べていただく「おもてなし食材」だということで、その可能性は無限だということだ。



会場には、顔見知りの方も来てくれていたが、終了後、京都からお見えの西村秋保さんを初め、放送作家のMOKO/もこさん、フードコンサルタントのもりおかまりこさんもお友達の日本伝統文化未来考案室の下藤裕子さんを誘って来てくれた。
初めてのお会いした方々とは名刺交換をさせていただいた。






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開会式に続いて、総合講座として「江戸料理のいろは」
豆腐百珍で有名な「なべ家」の主人福田浩氏つきぢ田村の三代目隆さんのトークショーを伺った。
2人の阿吽の呼吸のトークが面白かった。

お2人とも存じ上げているが、福田氏とはパネルディスカッションをご一緒したことがあったが、興味深いお話を伺ったのが印象に残っていて、
一度お店に伺おうと思いながら伺っていない。

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なべ家の名物、黒蜜がかかった『こおり豆腐』(「豆腐百珍」天明2年)が配られた。







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11時半からは5階実習室の「江戸前蕎麦」更科堀井の堀井良教氏と「神田まつや」の小高孝之氏

先日、「更科堀井 秋の会」が開催された時に、この打ち合わせに小高さんが「更科堀井」にみえられ、名刺交換をさせてもらっていた。

この分科会は、門上理事長が、江戸そばのお2人に質問を投げかけながらのトークとなった。

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昔は、蕎麦も蒸していたそうで、蒸籠はその名残だとか。

そばをすするのは、そばの香りを味わうためにすするのだそうだ。

そば汁は、江戸中期以降で、以前は味噌だまりを浸けて、辛味大根を摺って入れるなどして食べていたという。

「そば屋の天ぷら、谷中の衣」と云うそうで、うどん粉を使って衣ばかりと云う事だとか。

そば屋の天ぷらは朝揚げたものを使うそうで「揚げおき」と云い、
江戸の伝統的天ぷらは「江戸前の芝エビ」を使ったものだそうだ。
因みに今回は、江戸前が手に入らなかったことから佐賀産だと云う。

会場には、そば好きの同級生・股野道夫君、江戸東京野菜コンシェルジュ三期の武田美也子さんも来てくれていた。





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4時半からの総合講座は階段教室で「2020江戸・東京食文化レガシー」
これからの食業界を担う次世代メンバーが並んだが、司会進行が同学会の副団長三國清三シェフ、

「日本橋ゆかり」の三代目も三國シェフにいじられたひとりだが、「私にはふたりの師匠がいて、1人は二代目父喜一郎で、もう1人は修行をした菊乃井の村田吉弘です。」と・・・。

出席者は、「虎屋」の黒川光晴氏、「レストラン ラ・ロシェル」の坂井慎吾氏、「にんべん」の高津克幸氏、「日本橋ゆかり」の野永喜三夫氏、京都「美山荘」摘み草料理の中東久人氏、「京料理 直心房 さいき」の才木充氏、大阪「ラ・シーム」の高田裕介氏

同学会の村田団長に三國副団長からの意見も含め、
皆さん、自ら取り組む食文化や、お店など、「レガシー」をどう次世代に伝えていくかについて、熱い思いを語られて、サミットはお開きとなった。

仕事の都合で、はじめから参加できなかったとして、ライフスタイルデザイナーの栗原冬子さん日本伝統食文化協会の袖山洋子代表理事も、最後の総合講座の会場に来てくれた。

皆さんありがとうございました。

追録

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一般社団法人 全日本・食学会では、当日の資料として、食学会参加を呼びかけた。

posted by 大竹道茂 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 三國シェフと江戸東京野菜
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