2015年12月24日

「旧中山道はタネ屋街道」を巣鴨から板橋へ歩く


先日、小山田ミツバの栽培地を案内してもらった坂井睦生さんと、東京の農家に明るい大澤正行さんの3人でJR巣鴨駅で会うことになった。

駅近くの座敷を予約していたので、2時間ほど会食した後で、
巣鴨と云えば、「おばあちゃんの竹下通り」、体の節々が痛いから、お参りでもするかとなった。

JR巣鴨駅からJR板橋駅の間は旧中山道が通っており、その入り口に江戸六地蔵のひとつ真性寺がある。
江戸六地蔵は、一番が東海道の品川寺、二番が奥州街道の東禅寺、三番目が甲州街道の太宗寺、四番目が中山道の真性寺で、五番目が水戸街道の霊巖寺でこれまでが地蔵が現存している。六番目の千葉街道の永代寺は現存していない。




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平成9年に、農業の歴史ある地に説明板「江戸東京の農業」を建てたが、この地区は「旧中山道はタネ屋街道」を真性寺にお願いした。

早速お線香を買って、お参り。



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巣鴨地蔵通りは、お年寄りの信頼を得ている有名なお店が多い、
塩大福、よく売れている山年園の「玉ねぎの皮」等・・・

「すがもんのおしり」と云うのがあったが、何のことやら。

何でも巣鴨地蔵通りの公式キャラクター「すがもん」だそうで、キャラクターは「鴨」をイメージしている。
すがもんのふわふわのおしりに触ると恋が実るという都市伝説もあるとか。




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巣鴨のとげぬき地蔵「高岩寺」の境内で鰹節を削っている店があった。
大泉の「小料理石井」で良く見ているから、つい立ち止まってお客とのやり取りを聞いてしまったが、薄く削ったこだわりの鰹節を買いに来るのだというおばあちゃん。

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とげぬき地蔵には、いつ来ても行列ができている。
何年か前に来た時よりお地蔵さまが新しくなった気がする。
患部と同じところを束子でこすると、直るということで、永年束子でこすられていると、お地蔵さまも磨滅する。

お地蔵様をさすり終えたら、坂井さんが女学生につかまって、インタビューに答えていた。
ここに来るお年寄りの傾向を調べているとか。





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店の入り口に「六種の野菜天」のポスター。


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野菜とあるので、お土産に買おうと店に入ったが、売れてしまって今ふたつしか残っていないという。

直ぐ揚げるから待っていてくださいと云うので、店内の椅子で一休み。その間、店員さんが撮ってくれた。
揚がってきた野菜天は坂井さんがお土産に買ってくれた。坂井さんご馳走様!!

その並びに、巣鴨の有名店「日本一の赤パンツ」の店もあった。
来年はサル年、猿のお尻にあやかって、赤いパンツを身に着けると健康になるとか、





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都電荒川線の庚申塚駅。

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庚申塚駅手前に、巣鴨猿田彦大神庚申堂がある。
ここでもお参り、

かつてタネ屋街道時代のタネ屋さんが3軒残っている。
江戸東京野菜の種を供給してくれている日本農林社、写真の東京種苗株式会社は、旧店舗を保存している。そして滝野川種苗だ。

「亀の子束子」の店内に入っていった坂井さん、お土産に「白いたわし」を買ってきてくれた。





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日本農林社の手前、大澤さんが千川上水調節池跡に案内してくれた。
この辺りは大澤さんが詳しいようだ。

巣鴨駅の近くにある駒込六義園方面へ送水のバルブが残っていた。

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江戸から東京の下町地域の水道事情が読み取れた。

玉川上水の保谷・境橋から分水した千川上水が、練馬の井口良夫さんの屋敷脇を流れ、この地「千川上水公園」まで、そして本郷へ・・・。




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JR板橋駅前に北区指定有形文化財として近藤勇の墓があった。

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慶応4年、近藤勇は中山道板橋宿手前の平尾一里塚付近の刑場で官軍により斬首処刑され、首から上は京都へ、胴体がこの地に埋葬されているという。

ふらふら歩きながらの小旅行だった。
今度は、鎌倉大根の福来鳥に行こう、案内するからと、ふたりに約束した。




posted by 大竹道茂 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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