2016年05月12日

「江戸東京の農業」説明板のある武蔵 阿蘇神社に出かけた。


このたび発生した熊本県を中心とする地震により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
また、被災された皆さまには、心からお見舞い申し上げます。

被災された方々の情報は、マスコミを通して存じているが、度重なる余震が早く静まればと願っています。

熊本城や阿蘇神社も大きな被害にあったようで、いずれも熊本県民の精神的支柱のようなものと存じていますが、余震が続く中で、当分は手つかずの状態が続くと伺っています。

東京都羽村市には東京都指定有形文化財 阿蘇神社が鎮座している。
先日、参拝し、阿蘇総本社への募金をと思ったが、されていなかったので、祢宜さんに気持ちだけだが見舞を渡し頼んできた。





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武蔵 阿蘇神社の創建は、推古天皇9年(601)5月というから、鎮座1400年余と古い。
あまりにも古いので、総本社との関係を宮川武文宮司に尋ねると、

大和朝廷が支配したころ、民族移動があり、阿蘇の文化を広めるために阿蘇の一族が東にやってきた。
日本書紀によると、推古天皇の9年5月15日に東国に大雨降り多摩川が氾濫した。

これを沈めたのが、阿蘇の神で、村中の最良の地に清地を築いたのが阿蘇神社で、健磐龍命(たけいわたつのみこと) など12神を祀った。

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小高い所に祀られた境内からは、大きく蛇行する多摩川が一望できる。

上流で取水した用水(写真左上) は、羽村の水田に今も注いでいる。



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関東には、信濃国、常陸国、安房国にも、阿蘇の一族は住みついた。
現在、阿蘇神社と名の付くところは、全国に450社ほどあるという。

阿蘇神社は社伝によると創建後、承平3年933年、平将門が社殿を造営したたといわれ、天慶3年(940)、藤原秀郷が社殿を造営した際に、椎木をお手植えしていて、太い椎が茂っている。
慶長3年には徳川家康が参詣、社殿を修造している。

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同神社の南参道近くに、江戸東京野菜コンシェルジュ育成講座(2期) を受講された小林峰治さんが住んでいるので、境内で久しぶりにお会いした。
小林さんは、埼玉の農業については造詣が深いので、何かと教えていただいている。





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同神社ご社殿右には、平成9年に建立した江戸東京の農業「養蚕の村 羽村」の説明版がある。

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羽村というと養蚕が盛んだった。
大正時代には、一戸当たりの収繭量日本一を自負していた。
同神社の脇を流れる多摩川を渡れば、織物の町、八王子が近い。






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多摩川から取水した用水は、阿蘇神社の脇を流れ、羽村田んぼ「根がらみ前水田」を潤している。

『根搦み前(ねがらみまえ)水田』は、11月から5月までは40万本のチューリップが咲くが、すでにチュウリップの花は摘まれ、6月には水を張って田植えが行われる。

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毎年、水を張ることでチュウリップの連作障害を防いでいる。

8月には恒例の観蓮会が行われる。



posted by 大竹道茂 at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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