2017年05月07日

江戸東京野菜の復活普及に尽力されている小平市の宮寺光政さんには、今年もお願いしている。。


宮寺さんの屋敷内を流れる小川用水も、青梅街道沿いに短冊形に切られた農家の屋敷内を流れていく。

この用水、かつては農業用水として小平の農地を潤していたが、宮寺さんによると現在は農業などに使ってはいけないのだという。
それは、小平市が歴史的遺産の小川用水の保全と景観のために、東京都から玉川上水から分水を買っているのだそうだ。

宮寺さんなど、敷地内の用水に対して、日を決めて一斉にごみや泥さらいを、市の依頼で行うという。






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現在、宮寺さんは、拝島ネギの種採り(右) と、内藤トウガラシ(左上) の栽培を行っている。

また、今年江戸東京野菜として認定予定の、雑司ヶ谷カボチャ(左下)の芽出しも行ってくれた。

宮寺さんは、内藤カボチャの栽培を行う予定だというので、雑司が谷の苗は東村山の久野稔晃さんと、都立瑞穂農芸高校の横山先生が栽培してくれると、先日お2人が取りに来たようだ。






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今年の3月「ひょうごの食シンポジウム」に伺った折、なにわの伝統野菜「田辺大根ふやしたろう会」の世話人谷福江さんに、「難波ネギ(すなばねぎ) 」のタネをいただいていた。

実は、前に江戸のネギは、摂津の農民が砂村に持ち込んだものと伝えられていることから、難波ネギ があるなら、今伝わっている砂村一本ネギは難波系か、それとも別か比較検証をしてみたいのでいただけないかとお願いしていたが、谷さんは覚えていてくれたもの。

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先日、順調に発芽したことを谷さんにお伝えすると、種を分けてくれた上田隆祥さんが、2015年採種だから発芽したろうかと心配されていたようで、報告が遅くなって失礼しました。

上田さんに早速電話をしてお礼をもうしあげたが、お話を聞くと、「大阪市なにわの伝統野菜」に認証されているこの難波ネギは、分結性のネギで、その後他の地域に移ってから、一本ネギか生まれたようだという。

葉の繊維が柔らかく、強いぬめりと濃厚な甘みが特徴で、奈良時代にはすでに存在していたとか。
和銅年間(708〜715年)に難波周辺から京都に種が持ち込まれ、品種改良を経て京都の九条ネギになったとか






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宮寺農園には、栃木の伝統野菜「宮ネギ」も植えていただいている。

このネギ、今年1月に「とちぎ江戸料理」を食べるツアーに参加した時に、料理研究家の冬木れい先生が美味しいからといただいたもので、ブログの「追録」で紹介していた。


1本はいただいたが、残りは宮寺さんに預けていたもので、宮寺さんも拝島ネギの採種を行っているので、横山先生に資料用に、お預けする予定だ。
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