2017年07月05日

350数年の歴史を伝える京橋大根河岸青物市場蹟の緑地スペースが寛ぎの場に整備された。


京橋大根河岸青物市場蹟の緑地スペースが整備された。
毎年11月に東京都農住都市支援センターが主催しているバスツアーの集合場所になっている。

3年前の2014年6月に「京橋大根河岸生誕三百五十年」のイベントが、京橋大根河岸会によって青物市場蹟でにぎやかに開催されたのを思い出す。

上の画像をタツプする
昨年来たとき、集合場所は工事をしていたので碑文すら読むことが出来ず、高速道路下に集合して、そこで、大根河岸誕生のお話をした。

なんの工事かわからなかったが、先日、通りかかったら綺麗に整備されたので、写真を撮ってきた。





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これまで何か薄汚れていた京橋大根河岸青物市場蹟のスペースは、碑を象徴的にして、周辺は市民が寛げる環境になって、見違える程だ。

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350数年の歴史を思い起こす場所となり、幾つも出来たベンチで、本を読む市民も見受けられた。






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バスツアーでは、碑文の紹介を、東京シティー青果の石川勲会長(東京中央青果且ミ長)が、この地で生まれ育った話を毎年してくれた。

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碑の後ろに回って、当時の仲卸など、市場関係者の名前がビッシリと刻まれているが、石川会長は「ここに刻まれていて生きているのは私だけになってしまった!」と、「三光山 石川勲」を指して話されたことを思い出す。





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碑の台座の周りには、寒葵と杉苔が植えられていたが、日当たりがいいところだけに、管理が難しく枯れなければいいか゛・・・・・・。






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工事中に「京橋川の護岸」が出てきたようで、これは素晴らしいアイディアだ。

上の画像をタップする。
護岸を埋め戻さないで、一部を見せているが、写真を撮っている場所は川側で、京橋川の幅員の広さがわかる。

京橋大根河岸通り」の道路標識は、京橋大根河岸市場開設350周年を翌年に控えた2013年に石川会長が中心になって区に要請して実現したもので、一緒に「京橋竹河岸通り」も設置された。

お世話になった石川会長は昨年逝去されたが、整備された京橋大根河岸青物市場蹟をお見せしたかった。
posted by 大竹道茂 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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