2017年08月28日

檜原村に伝わる白岩ウリには武田武士の落武者伝説も・・・。


白岩(しらや)ウリの郷に伺ったことは、先日報告したが、改めてこのウリについて生産者の鈴木留次郎さん(JA秋川理事)に伺った話を整理してみた。

鈴木さんがタネを譲ってもらった倉掛地区の田倉さんは、15年前に檜原村湯久保地区に住む、峰岸奈津子さん(86歳)から譲ってもらったもの。
奈津子さんは藤倉の奥地、猿江地区で生まれ育ち、子供のころから食べていた。
明治生まれのおじいさんが栽培していて、湯久保に嫁ぐときにタネを持たせてくれたと云う。

甲斐國に隣接する檜原村には各地に武田武士の落武者伝説があり、三頭山荘の大女将里久子さんも岡部家のルーツは武田の落人だと伺った。

奈津子さんの実家小泉家では代々栽培していたようで、落武者が猿江にタネを持ち込んだものと思われる。





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白岩ウリ、
檜原村役場近くの上元郷で栽培する鈴木さんの畑では、
7月中旬頃から、半白キュウリとしてなり始める。

上の画像をタップする
@ 花が咲き始める
A 雌花が受粉し、生育し始める。
B 半白として生育している。
C 半白キュウリとして収穫期を迎えているる
D 収穫されたキュウリ状態の白岩ウリ。

奈津子さんの話では、
おじいさんは常々、若いキュウリは採るなと言っていた。
自給自足の中で、少しでも大きくして食べるように、
白くなるまで収穫できなかった。と云う。


2011年に、NHK『キッチンが走る!』のスタッフから7月に、「奥多摩町峰谷で出会った農家に、昔から作っているというキュウリを紹介されたが、これは江戸東京野菜の一種でしょうか、名前がわかったら教えてください」と、写真を添付したメールをもらったことがあったが、わからないと応えるしかなかった。

その後わかったことだが、今年も送っていただいた、塩山の山本ファームがオリジナルブランド「翡翠瓜」を販売していて、「茂倉(もぐら)ウリ」がベースになっていると聞いた。




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鈴木さんは、写真Dでは収穫せずに、さらに熟成させる。

上の画像をタップする。
@ 半白キュウリの緑色部が薄れ始める。
A 全体に白けてくる。
B キュウリの状態から10日ぐらい経過すると、二次の収穫期となる。
C ヘタの部分が黄ばんでくる。
D この時点でも、果肉はみずみずしく美味しい。
E 表面が褐色になり、ひび割れがしてくる。
F このころに、割いて種を取り出し干している。



「茂倉ウリ」をネットで調べてみると、山梨県早川町の茂倉集落に伝わる伝統野菜で、山梨の野菜ソムリエ村上さんが、白岩ウリに似た写真を載せていた。




3-1.JPG

キュウリの状態でいただいたが、果肉の部分が厚い。

上の画像をタップする
田倉さんの自家製味噌を溶きながら、
いただいたがキュウリ本来の味を楽しめた。
また、種をかき出したものは、一夜漬けでいただいたが、
ミョウガとの相性も良く、サクサクとした食感もよかった。

追伸
檜原村には、白岩ウリとは別の、通称「むかしのキュウリ」
と呼ばれるキュウリがあると鈴木さんは教えてくれた。
このキュウリは白岩ウリに似ているが、
熟すると黄色くならずに褐色になるのだと云う。






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白岩ウリの状態になると、種は固くなっているが、果肉は厚い。

上の画像をタップする
ビーラーで皮を削った後、果肉だけを削っていく。
鈴木さんは、ポン酢で食べるのが一番と云っていたが、
私は素麺の上に乗せ、素麺と一緒にそば汁でいただいたが、
これもおつだ。

白岩ウリは、武田武士の落人伝説と云い。
半白キュウリから二次成長し、味わいも良く
檜原の名産として普及栽培するに値する、魅力いつぱいの農産物だ。

鈴木理事、よろしくお願いいたします。



posted by 大竹道茂 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 檜原村とあきる野市の農業
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