2018年01月03日

新年2日、明治神宮農林水産物奉献会の総会と互例会が執り行われた。


首都圏の農家が組織している、明治神宮農林水産物奉献会の総会並びに新年互例会が明治神宮参集殿に会員を集めて執り行われた。

総会に先立ち、明治神宮に正式参拝、神楽殿では祝詞が奏上され、神楽「倭舞(やまとまい)」が舞われ、祈願祭が執り行われた。





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会員は参集殿に戻り、総会が行われた。
総会に当たり、須藤正敏会長はあいさつで、奉献会の歴史にふれた、
「戦後の危機的な食糧不足に食糧増産のため、世田谷の篤農家大平信彌氏が有志を集めて「足食会」(そくしかい)を発足させたのが始まり、都市近郊農家は道を誤ることなく増産に励んだ。

昭和46年会員の高齢化などで、明治神宮農林水産物奉献会と改めたが、その精神は今日まで脈々と受け継がれ、会員は増強されています」


上の画像をタップする
続いて、九條道成明治神宮権宮司があいさつを述べられた。

協議協議では
⑴、五穀豊穣祈願 2月17日の参列について、
⑵、明治天皇祭7月30日 夏野菜奉納
⑶、新穀感謝祭奉献行事 11月23日 
宝船、米・野菜奉納
⑷、夏野菜奉献旅行 7月22日から2泊3日
 南九州方面へ
   が承認された。

互例会では城田恒良副会長(写真左)が乾杯の発声を行った。







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互例会では、吉田茂雄さんと浅見喜代司さんが目の前に座られた。
吉田さんの畑では、10月に東京都のPRイベントが行われたが、その時に伺っていて当ブログで紹介している。

浅見さんは花卉農家、前の東京オリンンビックで、先代の清吉さんと一緒にボサ菊を作り聖火台への階段の両サイドに飾った1人だが、

「大竹さん! もう一人になっちゃた!」と語りかけてきた。何でも当時7人で栽培していたそうだが、皆さん亡くなられたとか。

「当時、高さ30センチ、幅30センチの規格の指定があったと云う。
先代の清吉さんが練馬農協花井園芸部会の部会長で、競技場は風が強いときがあり、乾燥しないように鉢に水苔を蒔いたり、鉢ごと飛ばされないように白い箱を階段に設置してもらったりした。」と云う。

上の画像をタツプする。

須藤会長が、会員の皆さんを回って、明治神宮の御神酒でお酌をされていたが、練馬の内田富雄さんとは青年部で一緒に活動をされた同士。

因みに、御神酒は東村山の酒蔵・豊島屋酒造(株)の金婚、お弁当は、江戸東京野菜の亀戸大根が入った、亀戸「升本」の人気の弁当。

会場では、江戸東京野菜の栽培でお世話になっている寺島ナスの星野直治さんと、鳴子ウリの酒井利博さん(JA東京あおば代表理事副組合長)、練馬大根の渡戸章さんにお会いした。





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明治神宮鎮座百年記念事業として、明治神宮の銅板屋根のふき替えが行われていて、南神門の屋根や

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客殿(写真左下)の屋根は終わっていたが、ご社殿はまだ緑青が吹いた屋根であった。




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鎮座百年記念事業として屋根の銅板葺替用にと、息子と孫の分を含めて奉納。

上の画像をタップする。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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