2018年01月30日

国産の安全な大豆を無農薬で栽培し、地元の宝「平山陸稲」を次代に伝える栽培も怠らない、日野市の小林和男さんを紹介する。


日本家政学会食文化研究部会の例会でお会いした、実践家庭科研究会の高橋ヨシ子副会長から、3月に同大学で、今回と同じようなテーマで話を聞きたいとお誘いをいただいていた。

そろそろ、ご依頼の話しを纏め、パワーポイントを作成しようと、資料集めを始めた。

実践女子大学がある日野市の農家小林和男さんがリーダーの「日野産大豆プロジェクト」が、「地域に根ざした食育コンクール2009」 で農林水産省消費安全局長賞を受賞している。

このプロジェクト、国産の安全な大豆を無農薬で地元の畑で栽培し、それを豆腐にして市内の小中学校の給食で食べさせたいとする、栄養士や調理員さんたちから、小林さん達農家3軒に依頼があり、2003年栽培がスタートした、と云うもので、

「女性が社会を変える、世界を変える」という建学の精神に基づいて、実践女子大学の白尾美佳教授が指導する生徒さんたちが、2004年からプロジェクトメンバーに、ボランティアとして加わっている。

このことは、白尾先生の講演をお聞きしている。






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農林水産省選定「地産地消の仕事人」、農林水産大臣任命「ボランタリー・プランナー」の肩書を持つ小林さんは、昨年6月のJA東京南(テリトリーは日野市、稲城市、多摩市)の役員改選で代表理事組合長に就任している。

上の画像をタツプする

こちらの事情をお伝えして、電話で確認事項を聞くと、2003年から始まった日野産大豆プロジェクトは、今年で15年、実践女子大の生徒さん達も引き続き重要なメンバーとなっていると云う。

大豆が豊作だった2010年には、府中の登喜和食品で、納豆も作った。





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小林組合長に確認事項をお聞きし終わったところで、「丁度いいところで電話をくれたよ! 」と・・・・

これから、日野市立平山小学校で栽培をしていた、伝統の「平山陸稲」でパンを作って食べる会があると云う。

「陸稲の平山」の「江戸・東京の農業」説明板は、1997年日野市西平山の八幡神社に建立された。

それにより、当時JA東京みなみ七生地区青壮年部員の小林組合長達農業後継者は、郷土の宝として2000年から復活に取り組んだ。

当ブログでは2012年に紹介しているが、今年で18年になる。


上の画像をタップする

27日(土)は学校公開日で、毎年、4年生が小林組合長(農家個人として)の指導で陸稲を作っていることから、子どもたちから感謝状とお手紙が手渡された。

小林組合長は、保護者の皆さんが平山陸稲を次代に伝えていくことの重要性を理解して、「感謝の言葉を直接言われたことが一番うれしい」と云う。

残ったお米は、今度はカレーライスにして給食で食べると云う。

追伸

本来の農業経営ではレインボートマトのパック詰めも販売している。

追録
後日、日本農業新聞「とうきょう版」にも掲載された。


posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京の農業と農業者達
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