2018年03月04日

第二亀戸小学校の4年生は、亀戸香取神社の福分けまつりに先駆けて、亀戸大根の授業を受ける。


昨年の亀戸香取神社の福分けまつりで、ご挨拶をさせていただいたご縁で、第二亀戸小学校の安田照雄校長と名刺交換をさせていただいたが、来年、亀戸大根の授業をしてもらいたいとのご意向だった。

今年、安田校長から改めてメールをいただいた。
3月11日(日)の「福分けまつり」開催前に、亀戸大根の授業をしてもらいたいと云う。

江戸東京野菜を知っていただく機会を1997年から取り組んでいただいたことだから、感謝をこめて喜んでお引き受けし、福分けまつりの主催者・福地憲一会長(観光協会会長)にもお願いしてきていただいた。






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生徒たちは、見慣れた亀戸大根や、亀戸香取神社の写真を集中してみていた。

質問をしても、何人もが手を挙げて答えた。

上の画像をタツプする

亀戸大根の説明板は、平成9年の業協同組合法施行50周年記念事業に提案したもので、50ヶ所に建てた内の1つ。

地元商店会の「亀の会」が、この地で亀戸大根が栽培されていたことを知り、平成11年に、福分け祭りが始まり、その年の12月に割烹亀戸升本が、大根の石碑を建立している。

第1回の4年生は今29歳、子どもがいる人もいて、亀戸大根の歴史文化は次世代に移りつつある。





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亀戸大根が、今日地域とどのような関係になっているか、として・・・・

升本の亀戸大根のお料理も紹介したし、
亀戸勝運商店街の、「お味噌の丸定」で作っていた、亀戸大根の味噌漬も紹介した。
上の画像をタップする

昔、亀戸は小さな島だったが、だんだんと周りの島々と陸続きになっていった。
亀島付近にはきれいな水が湧き出る井戸があったことから「亀井戸」と呼ばれ、後に「亀戸」と書かれるようになった。

日本農林社の亀戸大根の種袋には「白茎亀井戸大根」の名が残っている。





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香取神社で開催される亀戸大根の福分けまつりに、第二亀戸小学校では「宝船」に亀戸大根を積んで参加するが、この歴史を紹介した。

上の画像をタップする

この宝船は、香取神社の宝物殿に展示してあるが、亀戸村の道祖神祭
1月14日に子どもたちが宝船を担いで、遠くは両国辺りまでお年玉をもらいに歩いたと云う。

この宝船を2011年の開校100周年記念に作ったもので以来、2012年の福分けまつりから使っている。

この度の授業では、調べ学習として、福分け祭りの歴史や、どのようなお料理に向いているかなど、生徒たちは勉強になったようだと、担任の先生。






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第二亀戸小学校の帰り、近くの建設現場の囲いに、
亀戸大根の絵が描かれているのを発見。

上の画像をタップする
亀戸の文化遺産として
描かれているようにも見えた。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 粋な江戸っ子は白首大根
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