2018年03月30日

江戸東京野菜で新作を作ってもらおうと、二つ目の講談師田辺一乃さんにお会いした。


亀戸の香取大門勝運商店街の居酒屋発酵文化応援団の店主喜連川覚さんは、江戸東京野菜の応援団として、常々情報をいただいている。
2月にも亀戸香取神社の福分け祭りのご案内をいただいたが、その中に、喜連川さんのお店で第37回夕靄発講談が行われることを知った。

講談師は田辺一乃(かずの)さん二つ目で、毎月で3年、37回も続いていることに驚いた。

喜連川さんにそのことを聞くと、彼女創作意欲が旺盛で、新作をいくつも持っていると伺った。

江戸東京野菜には物語があり、これらを講談で話してもらうのも、普及には大切なことだから喜連川さんに相談すると、3月中に会えるようにセットしますからということで、先日、喜連川さんのお店・発酵文化応援団でお会いした。





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挨拶代わりに、一乃さんから手拭いをいただいた。

師匠の故田辺一鶴氏から、紋代わりに、一乃の「一」に合う守り神として、トウガラシをいただいたと云う。
「一」が「十(とう)」になる、発展、成長などめでたい守り神として気に入っていると云う。

江戸東京野菜について亀戸大根以外、一乃さんがどの程度知っているのか聞くと、住まいは墨田区だというので、東向島で復活普及している寺島ナスについては、白鬚神社に説明板があることも知っていて、玉ノ井・寺島カフェでも話すことがあるようで、寺島ナスの普及に尽力している八百屋の阿部敏さんも知り合いだとか。

それなら話しやすいと、将軍がらみの話から始めた。
徳川家康、秀忠、家光が好んだ美濃の真桑瓜、美濃から府中に呼び寄せた真桑瓜名人の話。
その後、青梅街道の鳴子で栽培させたことから鳴子ウリとも呼ばれた。

四代将軍家綱の御前栽畑は、隅田村にあり、そこでは各種の野菜が栽培されていて、江戸ナスとも云われた寺島ナスも栽培されていた。

五代将軍の綱吉は、尾張から大根のタネを取り寄せて練馬の地で栽培させたところ1メートルもある大根が収穫され、練馬は大根の産地となっていった。

八代将軍の吉宗は、江戸川で栽培されていた青菜に「小松菜」と名付けた。
十一代将軍の家斉は、三河島で三河島菜を食べている。こんな話をしたところで。

また、毎年品川神社で行われている「品川カブ」の品評会の話から品川汁の人道的な話などの話をした。

「講釈師見てきたような嘘をつき。」とは昔から言われているが、江戸東京野菜については、史実に忠実であってほしい。




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丁度昼時だったので、喜連川さんがお昼を出してくれた。

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亀戸大根が、おでんと漬物、スティクは味噌をつけて食べるように用意してくれた。

喜連川さんありがとうございました。


追伸

翌日、一乃さんにお礼の電話を入れると新作が出来、次回の4月13日19時からの第38回夕靄発講談で、創作「品川カブ汁」の話をするとか・・・
楽しみだ。
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | イベントの紹介
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