めぐろ歴史資料館が会館10周年特別展「目黒のタケノコ〜竹がもたらすもの〜」が4月24日から開催されていることは、当ブログで紹介したが、
4月28日を始め特定の土曜日には、学芸員による展示品の解説が行われると云うので、是非聞きたいと伺った。
6月9日に、目黒のタケノコ物語について話すことになっていて、なるべく話が被らないようにと思ったからで、同館に伺った。
担当は昭島まで訪ねてくれた横山昭一学芸員で、その後、孟宗竹を普及した山路治郎兵衛勝孝の子孫山路安清先生を紹介したが、資料収集にご苦労されたようだった。
目黒には高校2年まで住んでいたので子供の頃の思い出が詰まっている。
JR目黒駅に下車して思い出に浸りながら同館まで歩いてきたが、ずいぶん目黒も変わっていた。
同館は、目黒区立第二中学校跡地を利用したもので、平成18年に第五中学と第六中学の3校統合で閉校し、2年後の20年9月、「めぐろ学校サポートセンター」と「めぐろ歴史資料館」が設置されたもの。
解説の横山学芸員は、「目黒は江戸時代、タケノコの産地として有名で、練馬のダイコン、江戸川のコマツナなどと並び称され、昭和の初め頃までタケノコの栽培がおこなわれていました。
特別展では、目黒のタケノコ栽培法の特徴や歴史的変遷などを紹介するとともに、建築資材から箸などの日用品に至る、竹を素材としたさまざまな資料を紹介します。」と挨拶された。
横山学芸員は、タケノコがどのように生育していくのか、地下茎(鞭根)の状況から解説、
竹は花が咲くと枯れるが、横山学芸員が栞として持っていた珍しい竹の花を展示していた。
品川の戸越に別邸を構えた山路治郎兵衛勝孝が、薩摩藩から導入した孟宗竹については、しながわ歴史館の「江南竹(一名孟宗竹)由来及び栽培法」が展示されていた。
目黒のタケノコ栽培法について写真をもとに紹介していたが、分かりやすかった。
孟宗竹のタケノコが江戸東京野菜の一つであることから、会場には江戸東京野菜のポスターも貼られ、横山学芸員が江戸東京野菜について説明をしてくれた。
協力者として、杉村昇一さん、福島秀史さん、山路安清先生の名前があった。
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横山学芸員からは話を聞いているが、当ブログで紹介したものが、掲示してあった。

品川の戸越で栽培が始まった孟宗竹は「戸越のタケノコ」で販売していたが「目黒のタケノコ」として有名になった。
それは、目黒不動尊門前の茶店や料亭で、タケノコの季節に竹の子飯として販売したからで、昭和4年の資料には「角伊勢」の店先に「名物竹の子飯」の看板が写っている。
歴史資料館の屋外には、目黒不動尊の門前の料亭大国家由緒の石碑が保存されていた。
彫りが浅かったりして、判読しにくいので何が書かれているかは定かでないが、目黒の歴史として新たな発見が彫られているようにも見える。
横山学芸員の解説は1時間半にわたり、来場者の気持ちを引き付けた。
同じ話にならないように、解説を聞かせてもらったが、参考になった。
次回は、5月12日(土)です。
横山さんありがとうございました。
来館者の感想も良いようで、担当者としてはホッとしているところです。6/9の講演会はどうぞよろしくお願い申し上げます。