2018年06月12日

目黒区の栄養士さんから、7月の夏季研修で目黒のタケノコの話を依頼された。


地元目黒の伝統野菜が「たけのこ」だと云うことを、今回、めぐろ歴史資料館の開館10周年特別展で初めて知ったと云う、新住民の方もいるようだった。

質問にもあったので、改めて年代を整理すると
孟宗竹は、中国の揚子江の南が原産地で、「毛竹(まおつう)」
と呼ばれているが、島津吉貴公が元文元年(1736)に琉球交易の中で
取り寄せ、磯・仙巌園に定植、薩摩では江南竹と呼んでいる。

九代将軍家重の宝暦年間(1751−1764)に献上し
吹上御苑に定植してある。

明和3年(1766)に加賀藩の足軽が江戸からもって行ったと、
加賀野菜にある。

山路治郎兵衛勝孝は、戸越に寛政元年(1789)に導入している。

これら時代をベースに、目黒の筍のルーツを組み立てた。
アンケートを、読ませていただいたが、お引き受けして良かった。




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上の画像をタップする

皆さん熱心で、次から次へと質問をいただいた。
終了後、追加質問などもあって、それが終わって会場を出ようとしたら、呼び止められた。

7月23日(月)に、目黒で開催される栄養士の夏季研修「目黒区学校給食研究会」に招かれているが、担当の栄養士さんが見えていたのだ。

目黒区立緑が丘小学校の安藤香奈子栄養士(左)と宮前小学校の松永有香栄養士で、

上の画像をタップする
安藤さんは、今年1月に
アジュール竹芝で開催したイベントでお会いしていた。

また、今年2月に駒込の東京都学校給食会館で行われた、平成29年度 都立学校栄養職員専門研修会には、松永有香栄養士が来られていたと云う。

お2人とも、江戸東京野菜については、理解があり、目黒区学校給食研究会を開催するにあたり、江戸東京野菜を推薦してくれたようだ。

講演では、パワーポイントで、山路治郎兵衛勝孝の話をしたが、都立園芸高校の徳田安伸統括校長が写っていたことから、より目黒のタケノコが身近になったと話されていた。

何でも、徳田校長には、昔からお世話になっているとかで目黒のタケノコとの
縁が見えてきたとも。

夏季研修については、都立学校栄養職員専門研修会の内容をベースに話すつもりでいたが、目黒のタケノコの話も面白いから、加えて欲しいと云う。




6-1.JPG

そんな話を長々としていたら、横山昭一学芸員が、ご一緒にという。
横山さんからは、終わってから軽く意見交換をしたいと云われていて、行きつけの自由が丘の店を予約してあるという。

中目黒から自由が丘は急行でひと駅、店は「和バル 艸 /ソウ/SOU」とあった。

今回、お世話になった、目黒区めぐろ歴史資料館の中島丈晴研究員もご一緒で、しばし目黒のタケノコの話になった。

横山さんは、すずめのお宿緑地公園に、長屋門を再建して両側の小部屋で、季節に筍飯を食べさせる企画を温めていた。

筍飯は、目黒の小学校全校で給食として食べさせるようなことができないか、ムサコのたけのこ祭りの千葉県産と違って、江戸東京野菜(東京産)の「筍」を供給したいものだ。

楽しい意見交換も、美味しいものをいただきながら・・・・・
明るいうちにお開きになったから、武蔵小杉に出て南武線で帰ってきた。
皆さんありがとうございました。
posted by 大竹道茂 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | タケノコ
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