2018年06月14日

江戸東京野菜の普及復活に貢献されてきた方々にお話しを伺った。


江戸東京野菜に普及復活に貢献されてきた方々の話を聞こうと、やさい応援団「まるごと野菜」の八田尚子先生(構成・文)、と一緒に回った。

皆さんお忙しい方々だが、時間を割いていただいた。




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宮寺光政さんとは、付き合いが長い。現役の頃からだから、江戸東京野菜の復活をライフワークに選んだ60年代は、残っていた江戸東京野菜は15品目だった。

練馬ダイコン、亀戸ダイコン、高倉ダイコン、東光寺ダイコン、滝野川ゴボウ、
東京ウド、ノラボウ菜、伝統小松菜、しんとり菜、下山千歳白菜、
奥多摩ワサビ、金町コカブ、馬込半白キュウリ、馬込三寸ニンジン、ツマモノ、

はじめて復活させたのが、品川蕪で、宮寺さんにお願して栽培してもらった。
北品川商店街の活性化にと、品川カブを探していたマルダイ大塚好雄商店の依頼を受けて、小学校の栽培指導なども行っている。

また、三河島菜の栽培復活をされたのも宮寺さんで、荒川区の小学校での栽培指導を行っている。

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伺ったときは、馬込半白キュウリが収穫されたが、小平市一橋学園の「なにや」に納めることが決まっていた。





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キャベツ栽培で井之口さんは東京を代表する農家。

早稲田ミョウガがの発見がまじかになった時に、ミョウガを栽培してくれる農家を探したら、井之口さんがかつて栽培していたことが判明し、早稲田ミョウガ捜索隊に参加していただいて、早稲田ミョウガの発見につながった。

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以後、早稲田ミョウガタケが、評判を得てからは、秋のミョウガの子、2〜3月のミョウガタケが、新宿区の学校給食に出さされている。

伝統小松菜、練馬大根、千住ネギと、研究心が旺盛で、作り出す産物はどれも一級品を算出している。

後継者にも恵まれ、農業人として班を示しているから、後継者の勇喜夫さんも何の不安もなく技術を受け継いでいる。





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午后なら、トマトなどの収穫が終わるから、待っているヨ! と云ってくれたのが、渡戸章さん、
若い時から存じ上げているが、昔の練馬の農家の話を面白く話してくれる。

伝統野菜の復活をライフワークにしようと思ったのが、渡戸さんから伺った話が影響している。

練馬ダイコンの細密画が、東京都農林水産振興財団にあるが、この中に、数枚の絵をみて、採種をするときの物だと読み解いた。

現在、白石好孝さん、五十嵐透さんの3人で、練馬大根の採種を行い、区に納めている。

練馬だいこんが昭和に入ってバイラス病が蔓延して、栽培されなくなったが、根三つ葉の他、麦や陸稲の間に作ろことで、病気が出ないこと等を伺った。

早くから、マスコミにも出演されているから話に説得力がある。




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生産者ばかりではない、料理人としても復活普及に全力をささげている。。

「江戸東京野菜」のレシピ本を発行し、復活普及に貢献している一人が、東京スカイツリーの足元で、東京の農産物にこだわっているのが、押上の「よしかつ」の主人が、佐藤勝彦さんだ。

そもそもの出会いは、寺島ナスの復活栽培が行われていた時に、墨田区の伝統野菜を積極的に使っていくと手を挙げていただいた。

復活した伝統野菜をどのように普及していくかは、復活と普及は表裏一体で、復活に手応えを感じたものだった。

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一つひとつの食材が、生産者から、自ら買ってきたものだから、お客さんに自信をもって説明している。

お客さんもその話を聞きに来ていて、この店のウリだと云うことも、承知している。
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸東京野菜と生産者達
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