2019年03月24日

平成30年度江戸東京野菜品目追加登録に、「治助イモ」と、その他品目で「深大寺在来」が決定した。


江戸東京野菜推進委員会では、平成30年度江戸東京野菜品目追加登録について、昨年の11月28日に開催し、「三つ葉」が追加登録されたことは、当ブログで報告した。

当日、申請予定だった奥多摩町の「治助イモ」が資料の提出が遅れ、その他品目として申請されていた「深大寺在来種」は、農家の生産へのかかわりや、生産面積についての記載漏れがあったことから、保留となっていたが、遅れて提出された「治助イモ」と合わせて、今回審議された。






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委員会に先立ち、JA東京中央会の榎本輝夫専務の挨拶、
新年度からは東京都の指導もあり、都市農業支援部の中に
新たに江戸東京野菜普及推進室を設けることになり
生産支援、販路開拓、流通改善、事業者向けPR等を行うと云う。

島田幸雄江戸東京野菜推進委員長、
東京都農林水産部の谷藤家信園芸緑化担当主任などの出席のもと、
開催された。

上の画像をタップする。
品目、「治助イモ」

歴史・背景
明治時代に治助さんが檜原から種芋を持ち帰り(山梨県からというのが定説)、それが奥多摩地域に広まり「治助イモ」と呼ばれるようになった。

 先祖代々種芋が受け継がれてきたが、収穫量の多い男爵などが栽培されるようになり姿を消していった。

 しかし、峰谷の集落で栽培され続けていたのが発見され、奥多摩町に古くから伝わるものであるので奥多摩町として普及、生産量の拡大を図っている。

品種の特性
普通のジャガイモと比較して、ネットリ感があり粘りが強く、煮崩れしにくいという特徴があり、味が濃厚でおいしい。

種子、生産者
種子の販売はされておらず、自家採取であるが、種芋の供給は奥多摩町が行っている。
 現在の生産者数は45名で、販売協力店も町内に多数ある。

備考
「治助イモ」は平成24年6月に奥多摩町が商標として登録している。
 奥多摩町以外の農業者が「治助イモ」の名で生産・販売を行う場合には奥多摩町観光産業課の許諾が必要である。





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品目 深大寺在来種
品種特性 「甘い香り」が他のそばに比べても格段に濃い、

産地の歴史/風土
昭和50年以降の急激な都市化の進行の中で、深大寺周辺農業の振興とそば文化の定着など、地域おこしから

上の画像をタップする

それまで農家独自で行っていたそば生産は、昭和60年代から深大寺が中心となって、地元農家(檀家)の協力を得て、そば栽培に取り組み始めた。

深大寺では現住職の張堂完俊師が、深大寺そばに関わる方々で、お寺所有の荒れ地を開墾してそばづくりを始めた。

そばづくりにあたっての指導は地元農家の高橋金平氏(深大寺元町・農家)と、戦後も地元で深大寺在来種を栽培してこられた相田辰吾氏(深大寺南町・農家)にもお願いした。
 
深大寺では、そば文化を広めるために、栽培からそば打ち、食べ、語る同好の市民を中心に「一味会」を結成している。

品種の特性
収穫された蕎麦を打ち続けてきた一味会の会員によると、深大寺在来種のそばの特長は、「甘い香り」が他のそばに比べても格段に濃い、ということで、深大寺エリア内にある農地固有の土の力だと思われる。
江戸時代からの風土の特性を生かしたそば文化の伝承と継承を担うと同時に、農地の存続の役割と地域のみどりと環境を守る役割を果たしている。

種子 深大寺在来種
生産者数 冨澤功次氏、矢田部高一氏

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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