2019年09月24日

江東区立第五砂町小学校の命をつなぐ「砂村一本ネギ」の復活栽培授業で種まきも行われた。


江東区立第五砂町小学校(高橋修校長)は、地下鉄東西線の南砂町と西葛西の間にあり、南砂町駅から10分程のところ、
東西線は南砂町を過ぎると荒川を渡るため地上部に出て同校4階の高さを走っている。

同校が実施している江戸東京野菜「砂村一本ネギ」の復活栽培授業は2010年から毎年夏休み明けに行われていた。

そもそも砂村一本ネギの復活栽培を総合の時間で実施してきたのは、当時同校に在職されていた銭元真規江栄養教諭が授業内容を確立したもので、この取り組みは足立区の小学校にも伝えられ現在足立区で5校が実施している。

17年度を最後に銭元栄養教諭が転勤され、栄養教諭が不在になったことから、昨年は銭元先生の意を受け継いだ4年担任の先生方が手探りで実施したが、今年は学年主任の堀川好子教諭が苦労されたようで、来年からは当研究会への連絡などは梅津ちひろ副校長にお願いした。





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お約束の時間に伺ったが、授業は始まっていて、昨年4年生で実施した5年生の代表が砂村一本ネギのタネを4年生の代表に手渡し、その後、YOUYUBEで紹介されている足立区の事例を見ているところだった。

それは、TOKYO MXテレビの「東京の “おもてなし食材” 注目集まる江戸東京野菜」の、4分後に足立区立小学校の映像がある。

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早速、紹介されて「砂町の野菜」として、砂村ネギを紹介した。
4年生は3クラスで、生徒たちは、先輩5年生から種を受け取り、足立区の事例を見たことで生徒たちの意識も高まっていた。

砂村新左衛門が新田開発をした記念碑が同校の近くにあるが、生徒に「知ってる人!」と質問すると全員から手が上がった。
砂村に入植した摂津の農民がネギの栽培を始めた。このネギは葉ネギだったことで、関西と関東の食文化の違いが生まれた事などを紹介。

関西から転校してきた生徒に、関西ではネギの葉を食べることを聞いて確認した。

根深ネギを栽培する作業も紹介した。

砂村は農業の先進地となり、砂村三寸人参、砂村の丸ナス、亀戸大根、蓮根、中川のソラマメなどが栽培されていた。





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2時限目は種まき。
事前に生徒たちが、畑の土をプランターに入れてあったので、班ごとに分かれて種を蒔いた。

プランターに2本の線を引き、その深いところにタネを蒔かせた。
土が黒く、種は小さく黒いために、蒔いたところが分からなくなるので、注意して蒔くように指導した。






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次に、水のやり方だが、プランターから離れたところから蒔くように指導。
ジョウロから、水がボタ落ちすると、蒔いた種が浮き上がってしまうために、ボタ落ちがプランターに落ちないように離れてまかせたもの。





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学年主任の堀川教諭は、台風15号の被害が菜園にあったことから、連休中に来襲が予想される台風対策なども相談されたが校庭の隅にまとめてプランターは置かれた。

追録

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足立区農業委員会が視察した第五砂町小学校の映像が残っている。
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追伸

授業が終わった後、次回の授業について堀川先生と打ち合わせたが、一か月以降の10月に定植作業を行うが、この授業と2回目(1月)の土寄せ作業には、今回同様、都市農地活用支援センターが実施する「農の機能発揮支援アドバイザー」として伺うことをお約束した。

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