2020年06月12日

奈良漬用に栽培されていた東京大越(オオシロ)ウリの採種用栽培が始まった。


各種江戸東京野菜の採種用栽培を行っている渡邉和嘉さんは、かつて地元城北地域で普及していた東京大越(オオシロ)ウリの栽培を始めた。

この種、練馬区大泉で花卉栽培をしている相田稔朗さんが毎年栽培して、練馬区内の漬物業者に販売している中から苗を分けていただいたもの。

江戸時代から作られていた大越ウリは、明治になってから東京府豊多摩郡野方の篤農家が改良をしたことから、東京大越ウリと名付けられて普及され、板橋・練馬で栽培されていた。





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大越ウリ栽培で最も大切なことは摘芯である。

オオシロウリも鳴子ウリと同じで、孫蔓に着果することから、親蔓の本葉4枚を残して摘芯する。左右に揃った側枝(子蔓)を2本伸ばす。側枝の葉4枚で再び摘芯して、孫蔓8本を出すと、その第1節に着果する。

1株より2〜4果を収穫する。この方法は果肉の厚い元成りを同時に多く収穫することができる。

オオシロウリの苗を保護するために大麦を一畦空けて栽培をするが、子蔓の摘心の頃に大麦は収穫し、その藁はオオシロウリ圃場全面に敷いて利用する。
オオシロウリの栽培は比較的短かく、4月上旬より7月下旬である。




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オオシロウリを収穫した後は、ただちに株を抜き取り、数日乾燥させて、敷藁といっしょに圃場で焼却する。跡地は耕転機で整地し秋作の沢庵ダイコンを栽培するのである。

 このような大麦〜オオシロウリ〜小麦の輪作は当時最も普通に行われた方法ではあるが、それぞれの作物に堆肥を主体とした肥料が施されたので、地力の維持ができたのであろう。

練馬・板橋では、大正末期から昭和にかけて、12月になると練馬大根の沢庵漬を主とした漬物を専業とする農家が多かった。

キュウリ、ナスなどの果菜類は、生産最盛期の7月には価格も下落することから、その対策として漬物に加工することが奨められていた。

 漬物業者の場合、沢庵漬のみを主体とすると、加工時の秋冬に作業が集中し、労力配分や施設の利用などの点から、夏蔬菜のシロウリを漬物加工し、奈良漬の下漬を生産するようになってきた。

漬物用として栽培された「東京大越ウリ」は、果は円筒形で長さ35〜40cm、重さは2〜2.3kgぐらいで整った形をしている。
完熟ではなく若採りをして加工した。

「蔬菜栽培技術の変遷」渡邉正好著を参照

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 江戸東京野菜と生産者達
この記事へのコメント
実は、本日はじめて東京大越瓜を入手できまして、浅漬けと軽く炒めたものとで食べました。果肉が密でコックリしており、確かに、奈良漬け向きだ!とよくわかりました。
Posted by 森山高至 at 2020年08月22日 20:47
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