2020年07月01日

牛飼が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる『左千夫歌集』


東村山市の山沢猛さんから、初めてメールを頂いた。
「江戸東京野菜の物語」を読んだが、
江戸東京野菜の話を聞きたいというので、昭島駅まで来て頂いて、
喫茶店で、いくつかの質問を受けた。

東京はわが国農業のルーツがある事を紹介しようと、
平成9年に、農業協同組法の施行50周年を記念して、
江戸東京の農業説明板を都内に50本設置した話の中で、

明治の初期には、東京の都心にはたくさんの牧場ができた。
永田町の日枝神社に「わが国黎明期の牧場」の説明板を設置したと
「江戸東京野菜の物語」には掲載していない所から入った。

芥川龍之介の生家は、
京橋区(現中央区)にあった牧場(耕牧舎)だったこと紹介すると、





1-1.JPG

俳人伊藤左千夫の名前が、山沢さんからでた。

その牧場なら、錦糸町駅南口を出たところのバス停に
説明板が設置されていることを紹介した。

上の画像をタップする
「伊藤左千夫の屋号は「牛乳改良社」といい、牛飼左千夫とよばれ、
「アララギ」を創刊し弟子をそだてました。

明治大学後、明治22年(1889年)26歳の時に牛乳搾取業を
起業したというから、この時に東京に牧場を構えたのでしょうね。

大竹さんの話に牧場が出てくると思わなかったので、
刺激されました。」


山沢さんに頂いた名刺には「しんぶん赤旗 学術文化部」とあった。
さすが、山沢さんは文学には詳しいこと。





2-1.JPG

江戸東京野菜を栽培しているところを写真に撮りたいというので、
今、馬込半白キュウリを出荷している
小平の宮寺光政さんの畑に案内した。

上の画像をタップする
宮寺さんが収穫しているところでも写真に撮れればよかったが、
雨が降っていたので、宮寺さんが朝収穫した馬込半白キュウリを
山沢さんに、お土産に持って行ってもらった。
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 出版物・メディヤ等の紹介
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