2021年02月24日

大城大先輩からいただいた資料で、亀戸大根の物語に、追加された。


今年も、3月の亀戸大根「福分けまつり」が中止になった。

福分けまつりは、2000年3月20日の第1回から長い歴史の中で、
2011年3月は開催を間近にして東日本大地震が発生して中止、2020年と今年は、新型コロナの感染拡大を防ぐために中止となってしまった。

亀戸大根でのまち興しが「かめの会」によって始まったのは、説明板が1997年(平成9年)に、香取神社の境内に建立されたのがきっかけだった。

江戸川にあった農業改良普及所にいて、江東地区の農業に詳しく「江戸東京ゆかりの野菜と花」執筆メンバーだった、
足立区にお住いの大城芳彦さんに電話をして昔のことをお聞きした。

92歳とおっしゃっていたが、身の回りの物を整理していて、
亀戸大根の資料や南葛飾郡農会の資料を使うならと送って頂いた。





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JA東京Times 2000.5 No38:掲載された大城さんの原稿。

上の画像をタップする
1997年、深刻な不況を乗り越えて亀戸に活況を取り戻そうとしていた
商店街の若手経営者の有志が、香取神社境内の農業説明板を読んで、

亀戸大根でまち興しをしようと1999年4月に
田中繁雄さんを代表とする「かめの会」が結成されまた。

一方、亀戸の割烹「升本」では12月には亀戸大根の石碑を、
説明板の隣に建立している。





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第一回の「福分けまつり」は2000年3月20日の春分の日に
香取神社で開催された。







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また、大城さんから頂いた1999年11月の新聞や資料には
11月24日に地元の小学校7校で、亀戸大根の種まきを行うとある。
第一亀戸小、第二亀戸小、水神小、亀島小、香取小、浅間小、竪川小、

地域の香取神社の祭に、育てた大根を奉納に役立てようと、学校関係者も運動を開始した。
メンバーで元水神小学校PTA会長の西澤さんは ”押上煎餅” の社長であるが、学校の大根づくりを支援するとともに、”亀戸大根せんべい” を売り出すほどに熟を入れている。

この煎餅、押上「よしかつ」では、付け出しに使っている。

地元の料亭 ”升本”では亀戸大根にこだわり、
名物 ”深川亀戸あさり鍋”と "漬物" に使っている。

塚本光伸社長は香取神社に ”亀戸大根之碑” の建設を計画していた。
 記念碑の建立は、昨年暮れ、店が全焼した際、地元の多くの人から見舞いが寄せられた。そのお礼とともに、亀戸大根の保存に力を入れながら同年11月に亡くなった姉の恵子さんの遺志を生かすため、記念碑の建立を思いついたという。


“亀戸大根之碑の建立” も亀戸大根の物語の一つになる。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 粋な江戸っ子は白首大根
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