2021年04月02日

板橋区立郷土資料館の常設展示コーナーに、珍しい「彩色大根図」の巻物が展示されていた。


先日、京都の久保功先生が、東京の板橋区立郷土資料館の学芸員から板橋で栽培されてきた大根の資料を送ってもらったとの電話を頂いた。

久保先生は、野菜文化史研究センターの代表で、最近では大阪でお会いしているが、長屋王の木簡の資料などを送って頂いている。

今回は、練馬大根が栽培されていた、城北地域の板橋に伝わる資料を入手したというので、お話を伺うと、巣鴨胡蘿蔔や、巣鴨大株、徳丸大根、志村沢庵大根、志村夏大根など、彩色の巻物だという。

知らなかった名前の根菜類も多く、郷土資料館の学芸員・中村新之介さんの名前をお聞きして先日伺った。





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事前に電話でご都合を伺ったが、こちらの立場を紹介すると、「知ってますよ、2年ほど前に練馬で名刺交換をしてます」といわれてしまった。
前にもそんなことがあったが、失礼してしまった。中村学芸員は気にも留めずに、時間をとってくれた。

郷土資料館は赤塚城址の一角にあり、練馬区高松の実家から車で30分以内の距離だ。





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常設展示のコーナーに展示してあると案内していただいた。

上の画像をタツプする
江戸近郊の農村として、「農村と大根」で紹介されていた。
橋本屋儀右エ門の「夏大根種」「にんじん種」引札。

「近世」として、江戸東京野菜の1つである練馬大根のほか
板橋区域では志村夏大根など・・・






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「彩色大根図」の巻物が展示してあり、一部が開かれていた。
尾張名産宮重大根、美濃早勢大根、志村夏大根。

上の画像をタップすると巻物の「彩色大根図」


中村学芸員は、「描かれた大根についての絵の名称しかなく、資料名や書かれた目的も不明な謎の資料です。」

尾張宮重太大根では、名古屋に城が描かれており、実際に江戸時代には尾張殿への献上品であったと伝えられています。」


名古屋城、七里渡 宮宿(現熱田区) 宮重村(現清須市)の文字が読める

徳丸大根については、御用畑で収穫した大根を干場で干すとともに樽に漬ける様子が見られ、日本橋を経由して御本丸(江戸城)へ運ぶことを示唆する内容であることから、徳丸大根が献上品であったこともうかがわせています。」

何時描かれたものですか
「明治22年(1889)に市制・町村制が採用されると徳丸村は元赤塚村などを統合した赤塚村へ名称が変更されることから、絵図に地名を正しく記録したとすれば、これ以前に描かれたとも考えられますが、決め手に欠ける感は否めません。」


巣鴨大株は、滝野川カブと呼ばれていたものと思われる。
また、巣鴨胡蘿蔔は、滝野川ニンジンと思われる。

久保先生は、守口大根も栽培されていたようだと話されていたが
美濃大根と読める。

追録
カテゴリー「板橋の伝統野菜・大根」には、志村みの早生大根の
栽培も掲載しています。

posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 板橋の伝統野菜・大根
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