希少な在来種であることがDNA鑑定で明らかになった。」という
記事が朝日新聞夕刊に掲載されたのは7月6日で
井上恵一朗記者が取材していた。
江戸東京野菜では「奥多摩ワサビ」が指定されているが、
大沢のワサビは、まさに江戸東京野菜と云っていい。
10年前の話だが、昭島でも鈴木理夫さんが、屋敷の裏で
ワサビを栽培していたので、これも調べてもらう必要がある
と思っていた。
そんなところに、日本農業新聞の木村泰之記者が、朝日の記事を
深堀取材していて、深大寺そば「門前」店主の浅田修平さんにも
話を聞いている。
私が聞いた話だが、浅田さんは昔大沢のワサビが栽培されていた頃、
「箕輪さんのワサビの葉を使って浅漬けを作った」と
聞いている。
松本清張は「門前」の2階で、「波の塔」の一説を書いたという。
清張は、虹鱒料理が好きだったようで、「門前」では
都立農業高校神代農場で育成した虹鱒を使っていた。
浅田さんは、97歳の宗一郎さんの写真を見て、ご健在を喜んでいた。
大沢のワサビも、現在、神代農場で栽培が始まっただけに
期待も大きいわけで、浅田さんは何か温めているようだ。
理夫さんは、ご健在と伺ったがお会いすることはできなかった。
上の画像をタップする
鈴木家の方に伺うと、湧水が涸れる時期もあるようで、
年間を通して栽培することが不可能になったという。
大沢のワサビと同じた。
伺った時は、湧水が流れていたが、ワサビは数本があるだけで、
奥の方に、固まって生えているところが、あるのみだった。
上の画像をタップする
屋敷裏の崖線上に、住宅が立ち並んで農地が減少したことから、
住宅の屋根に降った雨の多くは、トヨを通して下水に流れて
しまうことから、土に浸み込む量が減少している。
また、コンクリートの建物が、地下水系を切ってしまう事も。
かつての写真を見るとパイプの穴から吹き出していたのが分かる。
苗は、奥多摩の友人から仕入れてると聞いていたが、残っている
ワサビも調べる必要があるように思える。






