2023年07月21日

墨田区立第一寺島小学校で寺島ナスの復活について出前授業に行ってきた。


今年の5月に三鷹の星野直治さんが寺島ナスの定植授業に来た時に
同行させていただいた。

昔から星野さんが栽培指導はされているが、寺島ナスの歴史、
なぜ第一寺島小(一寺小)で始まったのか等の授業をしませんかと、
3年担任の矢野先生に、お伝えして今回の授業が実現した。





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5月に来ているので、3年生は覚えていて、
「大竹さんだ!」の声。

上の画像をタップするように
今日は、皆が生まれる前、14年前の話をします。
私の話で、はじめて聞いたことは必ずメモするように、
と伝えると、1組は用紙に、2組はタブレット端末に
打ち込んでいた。




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同校の校章は開校50周年記念の際に、一般公募をして決まったそうで、
形は、隅田川に群れ遊ぶ都鳥『ゆりかもめ』が飛んでいる様子を
表していて、中央に『寺』の字が配され、まわりに4つのマで
『4マ』=『シマ(島)』です。

上の画像をタップする
生徒は、なぜ寺島と云うのか、大竹さんに聞きたいと云ってますと、
矢野先生から教えて頂いていた。

調べてみると、寺島村は一寺小の近くにある蓮華寺(現在の蓮花寺)
の縁起に「これ村名の起る所他」と、寺の存在から寺島となった。
白鬚神社近くの法泉寺の縁起にも記されているようだ。






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私が、一寺で寺島ナスの栽培をしたいという思いの、
応援団はこのお二人ですと14年前の写真を写した。
開校130周年に寺島ナスの贈呈式に臨む控室の写真だ。

黒い鬚の方が「白鬚神社」の今井宮司で、
一寺小の卒業生でPTAの会長もされました。
白鬚神社には、寺島ナスの江戸東京の農業説明板
平成9年に建てさせて頂いている。

左隣の佐原滋元先生も、一寺小の卒業で先祖は江戸時代に
百花園を作った佐原鞠塢が先祖で、七草の会に呼ばれている。

上の画像をタップする
寺島村の隣が墨田村でそこには、四代将軍の家綱の別荘があり、
家綱が食べる野菜の畑「御前栽畑」があり歌川廣重の、
名所江戸百景にその名があります。

現在木母寺の隣に、東京都が管理するオープンスペースが
ありますが、ここで江戸東京野菜を、都民が栽培する
「御前栽畑」を復活させようと、佐原先生は活動しています。






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星野さんが毎年、苗を送ってくれて3年生に栽培を
教えてくれていますが、星野さんはナスづくりの名人です。

上の画像をタップする
星野さんが三鷹でナスを栽培している畑です。と映像で見せた。
「お〜!、」と驚いた声が聞こえた。






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帰りに、森村聡彦校長と藤井慶正副校長が見送ってくれた。
栽培している、寺島ナスが幾つも生っていた。

上の画像をタップする
連日の高温のために、寺島ナスは色ボケが始まっていた。
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小・中・高 食育の取組
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