同行させていただいた。
昔から星野さんが栽培指導はされているが、寺島ナスの歴史、
なぜ第一寺島小(一寺小)で始まったのか等の授業をしませんかと、
3年担任の矢野先生に、お伝えして今回の授業が実現した。
「大竹さんだ!」の声。
上の画像をタップするように
今日は、皆が生まれる前、14年前の話をします。
私の話で、はじめて聞いたことは必ずメモするように、
と伝えると、1組は用紙に、2組はタブレット端末に
打ち込んでいた。
同校の校章は開校50周年記念の際に、一般公募をして決まったそうで、
形は、隅田川に群れ遊ぶ都鳥『ゆりかもめ』が飛んでいる様子を
表していて、中央に『寺』の字が配され、まわりに4つのマで
『4マ』=『シマ(島)』です。
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生徒は、なぜ寺島と云うのか、大竹さんに聞きたいと云ってますと、
矢野先生から教えて頂いていた。
調べてみると、寺島村は一寺小の近くにある蓮華寺(現在の蓮花寺)
の縁起に「これ村名の起る所他」と、寺の存在から寺島となった。
白鬚神社近くの法泉寺の縁起にも記されているようだ。
応援団はこのお二人ですと14年前の写真を写した。
開校130周年に寺島ナスの贈呈式に臨む控室の写真だ。
黒い鬚の方が「白鬚神社」の今井宮司で、
一寺小の卒業生でPTAの会長もされました。
白鬚神社には、寺島ナスの江戸東京の農業説明板を
平成9年に建てさせて頂いている。
左隣の佐原滋元先生も、一寺小の卒業で先祖は江戸時代に
百花園を作った佐原鞠塢が先祖で、七草の会に呼ばれている。
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寺島村の隣が墨田村でそこには、四代将軍の家綱の別荘があり、
家綱が食べる野菜の畑「御前栽畑」があり歌川廣重の、
名所江戸百景にその名があります。
現在木母寺の隣に、東京都が管理するオープンスペースが
ありますが、ここで江戸東京野菜を、都民が栽培する
「御前栽畑」を復活させようと、佐原先生は活動しています。
教えてくれていますが、星野さんはナスづくりの名人です。
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星野さんが三鷹でナスを栽培している畑です。と映像で見せた。
「お〜!、」と驚いた声が聞こえた。
栽培している、寺島ナスが幾つも生っていた。
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連日の高温のために、寺島ナスは色ボケが始まっていた。






