生徒たちは、調べ学習で「寺島ナス」を検索していたら
江戸東京野菜通信がヒットしたようで、星野直治さんが栽培指導した
時に、会っているから「大竹さんのだ!、」となったようだ。
担任の矢野先生が、電話で教えて頂いたが、生徒が調べても
分からなかったのが、今は東向島だが、江戸期から寺島村で、
昭和7年から昭和40年までは寺島町だった。
寺島ナスの名は、寺島村のナスだからは、理解していたが、
なぜ寺島なのかの由来が分からなかったようで、生徒からは
そんな質問もありますと、矢野先生から教えて頂いた。
風俗画報よりとある。
そんな質問を、急にされても分からないので、
事前に教えて頂いたのはよかった。
角川の日本地名大辞典「東京都」のページを繰っていたら
「てらじま 寺島<墨田区>」があり、『隅田川東岸に位置する。
地名の由来は「蓮華寺縁起」に「此の寺は北条武蔵守経時、
鎌倉郡佐介谷に建立したのを、子息の頼助法印、弘長元年
ここに引移し、自ら甲興開山となれり、これ村名の起る所他』
とあった。
弘長元年は、鎌倉時代中期の1261年だ。
寺島は、この寺がある島、隅田川に浮かぶ島の様に見えたのか、
向島もそうで、向うの島だ。
寺島を調べて驚いたのが、この寺が、「鎌倉の佐介谷(佐助谷)
から引移し、」と云うくだりだ。
鎌倉の佐助谷は、鎌倉大根を探すのに、何度も行った所だからだ。
鎌倉の佐助にある大根料理の店"福来鳥"の女将佐藤エダさんから、
佐助稲荷神社に伝わる、鎌倉大根を探すように依頼されたのが
2015年だったか、新聞にも掲載された。
上の画像をタップする。
あの佐助稲荷が、1280年蓮花寺の境内に勧請されている。
こんな御縁が、鎌倉大根と寺島ナスとの縁から分かった。
鎌倉市佐助谷の福来鳥前のバス通りには蓮華寺跡碑が建っている。
材木座の光明寺は、蓮華寺が同寺の前身とかで、寺島とも
ご縁があり、佐助稲荷が繁盛稲荷大明神として勧請している。
寺島ナスを栽培している鐘ヶ淵の「たもんじ交流農園」の
多聞寺は末寺になっている。
なお、蓮華寺には、佐原滋元先生のご先祖佐原鞠塢の墓があり
佐原先生の菩提寺だった。






