2023年09月13日

絶滅危惧種の「ムラサキ」は「東京ひのはら地域協議会」が結成され守られていた。


檜原村の鑾野大豆の種を丸山美子さんがお持ちだというので、
栽培をしていた高橋ハツヱさんのお宅から、丸山さんの車に、
私と石川敏之さんとハツヱさんが乗って向かったことは紹介した。

丸山さんたちが、立ち上げた「東京ひのはら地域協議会」の
やまぼうし計画の一つ「お宝塾」は、
希少植物の調査・保護作業により環境を維持、改善し、
地域自慢を作り出すとして「むらさき」の花が掲載されている。





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檜原のむらさきは、1957年に小沢地区の「松生山」で発見された。

発見された地区の小沢園芸組合から引き継いて、
1995年、草木染愛好会が発足。
その後「松生山」は、針葉樹が成長し日陰になった事から絶えた。

1999年には愛好会から『草木染同好会「いろいろ」』に移行し
2008年に「東京ひのはら地域協議会」が発足し、協議会では
2014年に「檜原在来ムラサキ」を、農業生物資源ジーンバンクに
登録している。

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2018年に、ひのはらムラサキプロジェクトが発足し、
松村直美さんが代表に就任した。






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丸山美子さんは檜原小学校の出前授業で、むらさきを教えている。

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2019年には、ムラサキプロジェクト・栽培作業チームが発足している。

陽だまりに白い鉢が並んでいた、丸山さんが、これが「ムラサキ」です
と、教えてくれた。

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玄関わきには白い花が咲いていた。
大きくなったムラサキは長い筒の中に植えられていた。
染色に使われる根を育成するためだと伺った。






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昭和50年代に、大田区馬込のシクラメン農家では、暑がり屋の
シクラメンを夏場は、涼しい檜原村人里の高橋農園に預けて
10月末には馬込に持ち帰りクリスマスに向けて、
最後の仕上げをしていた。
このことは当時の映画「東京農業と都民の暮し」に映っている。
その後、橋農園では温室を作って栽培・出荷を始めている。

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東京ひのはら地域協議会では種採を行い

人里の橋農園で「むらさきの種まき」を実施している。

檜原村地域おこし協力隊の工藤さんがfacebookに掲載・・・、

地域協議会ではムラサキの紫根染めの様子も掲載している。




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