2023年11月15日

にいがた在来作物研究会の公開シンポジウム「在来作物を生かした地域活性化に向けて」に11日に招かれた。


「にいがた在来作物研究会」の小野長昭事務局長から2020年7月に
メールを頂いた。2017年に結成された組織で、東京における伝統野菜の
普及などの取り組みについてお聞きしたいと云う内容だった。

2020年2月に開催された「2020全国伝統野菜サミットin湯沢」で、
山形大学の江頭先生から依頼されてパネラーの一人として
招いて頂いたもので、東京の事例をお話していて、会場に
見えていた小田切会長
からの話が伝えられていたようだ。

しかし、新型コロナでも秋田県のサミットは開催されたが、
その後感染が拡大して、7月にメールは頂いたときには、
すでに開催は不可能になっていた。





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ようやく開催となったのが今年の6月で、11月の日程が決まった。
ある時、果菜里屋の高橋芳江さんから、今度新潟で開催される
「シンポジウム」に行くからと云う。
話を聞くと伝統野菜プロジェクトの草間壽子代表もだという。
それならと秋田にも行かれて顔なじみの、
江戸東京野菜コンシェルジュの亀島由美子さんも加わった。

後で聞いて分かったが、伝統野菜プロジェクトのお二人は、
「にいがた在来作物研究会」の会員だった。







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会長の小田切さんは、会場近くの新津駅まで車で迎えに来てくれた。
会場は新潟市アグリパークの研修室と聞いていたが、
広い水田の中にこの一角がアグリパークになっていた。

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1時半から、小田切会長の挨拶で始まった。
出席者には、お米の国の中でも、野菜関係の主要な方々が見えていた。






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講演のテーマは、「江戸東京野菜の普及活動」で・・・・

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江戸東京野菜に取り組む切っ掛けは国の政策で・都市に農地は
いらないと、市街化区域農地の宅地並み課税で昭和56年の
反対運動の中で、東京でも伝統野菜が栽培されていることを
知ることになる。





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新潟伝統野菜を調べるのに、味の素食文化センターのヴェスタに
小田切会長の「新潟のなすの歴史と食文化、在来品種の特徴」
を読んだ。

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江戸東京野菜を探し始めた頃は15品種しか残っていなかったが、
現在は52品種、まだ見つからないのが、浮世絵版画に描かれている
「江戸じまん名物くらべ」の駒込のなすと砂村の唐茄子。

新潟には11品種のなすが掲載されているが、「駒込のなす」は、
丸ナスと云われている。
新潟の丸ナスは、島見なすと一日市(ひといち)なす、がある。

これらのナスが、江戸に伝わる機会はなかったのか、新潟の
大名の屋敷地は駒込周辺にはなかったのだろうか、
今後、小田切会長にもお聞きしようと思っている。






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今回は、ナスの生産が多いと云う事で、普及活動にはナスを選んだ。
寺島茄子の介のTシャツを着てきた。


@「寺島なす」をたべよう!。「N-1グランプリ」が開催された。
上の画像をタップする
寺島ナスさサミットも行なわれた。

A 寺島ナスの収穫体験とホテルでの懐石料理

B 都庁の食堂で「江戸東京伝統野菜を食べよう! シリーズ

C ホテルグレイリー田町の加藤シェフがスブレットをつくって販売。



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D 高校生の寺島ナス料理コンテストは、調理バスで販売。
上の画像をタップする。


食育授業では、東京都教育庁が外部講師を活用するようにと、
昭島の事例を紹介している。例年20校へ出前授業に伺っているが、
地元の小学校では総合の授業で受け皿はできている。

ちなみに、2015年には新潟大学教育学部付属中学校が東京に来た時に
江戸東京野菜を教えている。


3時10分から、パネルディスカッションとなった。


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テーマは「各地の在来品種等の現状と今後の取り組みから
地域活性化を検討する」

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@ 在来ナス品種「上越丸えんぴつ」の栽培の現状と今後の取り組み
  久保田農園  久保田喜隆 様
報告資料はここから

A 在来ナス品種「笹神なす」栽培の現状と今後について
  笹神なす向上委員会 委員長 北上 良昭 様
報告資料はここから

B 新発田市菅谷地区在来サトイモ「笑みつばさ」について
  ABODE菅谷 代表 相馬 絢子 様
報告資料はここから

C とよさか果樹振興組合管内の伝統的日本なしについて
  とよさか果樹振興組合 組合長 丸山 茂 様
報告資料はここから


追録

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閉会の後、長岡市農林水産部の波形隆一部長と名刺交換、

上の画像をタップする
果菜里屋の高橋さんは、新潟の作物を販売していることから、各地区の
方々の意見交換をしていた。

修了後、若い女性が来られて、江戸東京の農業説明板が神社に設置して
あるのはなぜか。

神社と農業は関係があるからと説明したが、
その意味がわからなかったと云う。
日本は、稲作を中心とする農耕社会だったから、農業信仰に
根ざした神社は、その年の五穀豊穣を神に祈っている
と伝えたが、はじめて聞いたという反応だった。

これまで、神社のしきたりは農業信仰であり、五穀豊穣は知っている
ものと話してきたが、今は、神社について教える機会が無いのだと
改めて認識し、それは驚きだった。


日本農業新聞信越版に掲載された。
スクリーンショット 2023-12-29 095324.png

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posted by 大竹道茂 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 全国の仲間の話
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